落語テープをデジタル化保存 甦るアナログな青春

VHSテープが部屋の大部分を占拠しているので、なんとか順次デジタル化保存して、テープの方は小出しにゴミ捨て場に出していこうと決意して半年。というか、一度に捨てると近所から不審者扱いされそうなので(十分に不審だが)、三本ずつくらい袋の中にしのばせて週二回出しているわけだ。こうして一日一本ペースくらいで捨てていけば、数年で部屋の中はさっぱりすることだろう。VHSが何本あるんだって話なんだが。

デジタル化保存作業の方は、プロレスとか時代劇、特捜最前線なんかを中心にやってきたわけだが、難しいのが落語テープの整理である。とにかく数が多いし、各社製品があるものだからしっかり分類していかなくては訳が分からなくなる(既になってるんだけど)。ネット時代なので、ちょっと調べればどの会社から出た音源なのかは調べられるわけだが、それにしても子供の頃から録音しているので数が半端ではない。下手したら作業半ばでこっちの寿命が尽きそうなので、ある程度割り切って優先順位をつけて、大事なものだけ残していく方針にした。まあ今となってはコレクションが目的ではなくて、カーオーディオなんかで適当にかけて楽しめればいいと思うのでね。

 

ということで、優先的に残しておくものを軽くリストにしておこう。

三遊亭円生

本来は「圓生」なんだけど、デバイスによっては字が出なかったり潰れてしまったりするので、とりあえず円生と表記。僕は子供の頃から円生ファンなので、まず第一番にデジタル化するのはこの人なんだが、とにかく数が多い。だから晩年のスタジオ録音である「円生百席」をメインにして、ビデオの方はTBSの「落語特選会」の映像を中心に保存。「円生百席」はテープで出た一部音源しか出まわってなかったが、平成になって全作品がCD化されたので、さっそく目黒と品川の区立図書館を回って全部コピーした。あちこち駆け回ったので非常に疲れた記憶がある(そりゃそうだろう)。

古今亭志ん生

志ん生の映像は「風呂敷」「岸柳島」「おかめ団子」くらいしか残ってなくて、それだけデジタル化すれば終わりだから楽といえば楽である。音源の数は円生に次いで多い人なので、片っ端からやっていては終わらない。なのでポニーキャニオン版「古今亭志ん生名演集」を定番として残し、そこから漏れているものを他社音源から補完することにした。それでも演目は百を軽く超えるので、大変なことに変わりはないのだが。

桂文楽

演目の数は三十くらいなので、作業的には楽なんだが、問題はどれを残すかというところだな。ビクター版のスタジオ録音である「桂文楽十八番集」が、やはりこの人の最高峰だと思われる。TBS「落語特選会」で放送された映像もかなり残っていて、この二つを合わせれば主な演目はほとんど網羅できるだろう。以前は映像がなかなか手に入らなくて、市販のVHSビデオの中古品を探して神保町界隈をずいぶん徘徊したものである。

笑福亭松鶴

松鶴といえば、人気者の鶴瓶の師匠である。上方四天王の筆頭という存在だったのでレコードもずいぶん出ているが、CD化されているのは倒れたあとの音が多いようだ。鶴瓶の番組に出ていた晩年の姿を思い出すので、それも悪くはないのだけど、やはり名人として鳴らした時代の音を残したい。ということで1973年頃に毎日放送の企画で録音されたビクター版を聴くのがベストだろう。

桂米朝

平成2年頃に毎日放送でやっていた「特選!米朝落語全集」の映像と音声がメイン。さらにTBSとNHKで放送された映像をほとんど録画しているので、主な演目はだいたい網羅できている。これでほぼ満足と言いたいところなんだが、もうちょい若い頃の米朝も聴きたいわけである。昭和50年頃に出た「桂米朝上方落語大全集」というシリーズがあって、神保町の中古レコード屋でずいぶん探したものだが、さすがに全部を手に入れることはできなかった。現在は全巻CD化されているようで、金さえ出せば簡単に手に入るようである。金がないんだが(笑)。

桂枝雀

朝日放送でかなり以前から(79年頃からか?)やっていた「枝雀寄席」と、TBSやNHKに出演したときの録画で主要演目の映像はほとんどカバーできている。音源としては東芝EMIの「桂枝雀独演会」「枝雀落語らいぶ」シリーズを押さえておけばいいだろう。小学生の時、夜中に布団の中でラジオでよく枝雀の落語を聴いていた。爆笑王として話題になる前のことで、まだうっすらと髪の毛があった頃ではなかったかと思う。「鷺とり」だったか「さくらんぼ」だったか、音だけ聴いているのにイメージが広がるのにびっくりして、それから枝雀ファンになったのだった。

 

以上のようなところを優先的にデジタル化保存するわけだが、もちろんそれ以外の噺家の演目も残さなくてはならず、さらに落語だけでなく浪曲のテープも膨大な数があるわけで、作業はいつまでたっても終わらないのである。CD化されたやつをドカンと大人買いすれば、それで解決なんだけどね(笑)。

 

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社会人が世界史を楽しむための参考書や副読本

高校生や受験生のための世界史勉強法は毎回やっている当サイトなのだが、今回はどちらかといえば大きいお友達が世界史を勉強する方法。しかし、日常会話で「世界史勉強法」などと言っても、周囲からはドン引きされてしまうのである。受験生でもないのに、なんで好き好んで面倒なことを勉強したがるのか、という当然の疑問を浴びせられるわけですが、単純に世界史が好きなのである。高校時代から中央公論社の「世界の歴史」(旧版)の熱烈なファンで、そのまま今日の変な世界史好き中年に至っている。といっても専門的な知識があるわけではなくて、レベルとしては大学の教養課程でストップしているわけだが。

その中公の「世界の歴史」なんだが、ゆとりガキの諸君からは古いとか時代遅れとか老害とか言って叩かれるのが常なのだな。もちろん、昭和36年頃に刊行開始されたんだから古いのは当然である。最新の学説は大きく変わっているのかも知れないが、昭和に生きるおじさんにはこのシリーズが非常にぴったりくるのだから、それでいいじゃないかというスタンスなのである。ということで、読みやすくて面白い中公「世界の歴史」(旧版)を若者の間にも流行らそう(?)と思っているわけだが、このシリーズは読み物として普通に面白いので、一巻ごとに熱中してしまう結果として、全体像が把握しにくい傾向があるのだな。高校で世界史を習った諸君も、大人になったらほとんど忘れているだろうし。

だいたい、世界史は日本史と比べてとっつきにくいところがあるのだが、それは章ごとにテーマがあっちこっちに飛ぶので、何を習っているのか分からなくなるところに原因がある。逆に言うと、全体像さえ把握できれば、それほど深く掘り下げてないぶん日本史よりも簡単なのである(これは受験勉強の話だけど)。というわけで、いきなり中公の「世界の歴史」を読むのもいいけれど、高校の世界史をひととおり復習すればさらに面白さと理解度が増すのだ、ということを言いたいわけである。

 

などと能書きばかり言っているのも説得力ないので、自分でも実践してみようと思い立ち、YouTubeに出ている世界史授業の動画を見はじめた。見てびっくりしたんだが、本物の高校の先生が普通に授業をやっとるではないか。しかもこれが無料動画だ。高い金出して塾に行ったり、アプリとやらを買ったりしなくても、これを見て山川世界史ノートでまとめれば80点くらいは楽々取れちゃうよなー、と感心してしまった。暗記する必要のないわれわれ大きいお友達は、この授業動画を見たあとでもうちょい詳しめの世界史参考書を通読すれば、まず大学教養課程くらいの知識は自然に身についてしまうだろう。それから「世界の歴史」シリーズに進めば効果抜群だ。こっちのレベルそのものは全然上がってないんだけどね(笑)。

さて、この動画とか実況中継本とかで高校世界史の授業を体験するのがまず基本。そしておなじみの山川「詳説世界史」を折にふれて眺めていれば、世界史の全体像がだんだんはっきりと見えてくる。しかし、われわれは記憶力がほとんどないので(?)授業で聞いたこともすぐに忘れてしまうし、教科書は非常に簡潔に書かれているのでざっと読んだだけでは頭に入ってこない。そこで重宝するのがもっと詳しく書かれた参考書である。実際、実況中継本なんか存在しなかった僕らの時代は、世界史の勉強にはまず参考書が頼りであって、各社からいろいろな書物が出ていたんだが、現在ではほとんど姿を消してしまったようである。古本で手に入れるなら吉岡力の「世界史の研究」(新研究世界史、総合力完成世界史などのタイトルで版を重ねた)が圧倒的な名著。と思って数十年間愛用しているわけだが、現在唯一の参考書であり世界史好きの子には定番である「詳説世界史研究」も悪くないと、このごろ思いはじめたのであった。

その「詳説世界史研究」は、詳説世界史をさらに詳説した解説本という感じで、おそらく高校の世界史の先生はみんなこの本を授業の虎の巻に使っているはずである。難関大学の受験にも出ないようなことが書かれているので、これを熟読するのは時間の無駄という考え方が一般的である。しかし、前述の「世界史の研究」が重要事項を箇条書きふうにしたいかにも参考書スタイルであるのに比べて、「詳説世界史研究」の方は首尾一貫した文章として「読ませる」編集になっている。授業動画をみたあとでこの本を読むと、世界史の流れが整理されて腑に落ちるという感じがする。そうやって全体像を俯瞰することにより、中公の「世界の歴史」(旧版)が面白エピソード集としてさらに輝きを増すのではないかと思うのだ。結局、あくまで旧版押しの昭和の老害なわけなんだが。

 

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アリス 70年代フォークと深夜放送の時代

このところ、往年のニューミュージック・グループの「アリス」が活動を再開しているそうで、ファンとしては喜ばしいところである。と言いつつ、アリスの名前を聞いて何らかの感慨を抱くのはわれわれ世代から上の昭和のおじさん・おばさんであろう。だいたい、ニューミュージックという言葉がすでに若い読者ちゃんたちには意味不明だろうと思うが、要するにそれまでフォークソングと呼ばれていた若者向けの音楽が、だんだんと歌謡界の主流になってきちゃったのである。「チャンピオン」がベストテンの1位になって、ニューミュージックの頂点を極めた感じのあったアリスだったが、そのあとあっさり活動を停止しちゃったので、オフコースあたりに比べると若年層の知名度はかなり低いのではないかと思う。(もちろん、谷村新司や堀内孝雄を知らない人はいないだろうけど)

そのアリスだが、思い返せばとにかく「売れない」フォークグループだったのである。70年代というか昭和50年前後には、フォークの曲が爆発的にヒットするのが当たり前の現象になっており、吉田拓郎をはじめとして、かぐや姫、井上陽水、グレープ、チューリップ、海援隊、バンバン(谷村のDJの相棒だったばんばひろふみのグループ)と主だったところはヒットを飛ばしているのに、なぜかアリスだけはレコードが売れない。といってもアリスの知名度が低かったわけではなくて、谷村新司はラジオの深夜放送「セイ・ヤング」と「ヤングタウン」のDJとして若者の間で絶大な人気を得ていた。谷村の番組は当時の中高生のほとんどが聴いていたのではないだろうか。僕はどちらかといえば関西圏に住んでいたのだが、関西のノリが好きではないので雑音まじりの「セイ・ヤング」の方を聴いていた。

 

音楽的には、アリスの二枚目のアルバム「アリス2」が非常に完成度の高い出来だった。シングルでも出た「愛の光」を筆頭に、甘いカレッジ・フォークから大人のクールなフォークへと一歩抜け出した感じがあった。このアルバムの収録曲が後年まで、コンサートにおける定番のナンバーになっていたわけで、やはり前期アリス・サウンドの基本は「アリス2」ということになるだろう。そのあと、アリスがやや迷走を続けたように見えるのは、なぜかヒット曲が出ないという焦りと、なんとか売り出そうとむきになっていた(?)会社側の姿勢のせいではないかと思うのだ。

「アリス3」では松本隆・都倉俊一というヒットメイカーを起用したシングル曲「青春時代」をはじめ、かまやつひろしなどの有名作曲家の曲をメインに据えるという思い切った作戦に出たが、ファンからは大不評を買い、むしろ「走馬燈」「星物語」といった地味なオリジナル曲の方が光るという皮肉な結果に終わった。もっとも、その「青春時代」はなかなかの名曲であり、松本ワールド全開という意味ではkinki kidsの「硝子の少年」の先駆けと言えるのではないだろうか。次の「アリス4」ではヤング向け映画「恋は緑の風の中」の主題歌を歌い、「小さな恋のメロディ」の日本版を狙ってみたものの、世間的には全くの不発。しかし、この時期には谷村のDJが深夜放送における人気トップという状態になっており、ラジオを聴いている若者層を中心に、LPレコードが隠れベストセラーになるという現象が起きていたのである。谷村新司と堀内孝雄がソロ活動を開始したのは、ちょうどこのアリスの迷走期であって、アリスとしての活動よりもむしろソロアルバムを中心に、音楽的な成熟度が高まってきたような気がする。

そんな状況下で、久しぶりにアリスらしい、完成度が高くて渋い(?)サウンドが聴けたのがアルバム「アリス5」だった。その直前に出たシングル「今はもうだれも」がオリコン11位という初のスマッシュ・ヒットを記録しており(といってもこれは関西フォークのウッディ・ウーのカバー曲)、さらにアリスのキャリアを通じての代表曲である「遠くで汽笛を聞きながら」「帰らざる日々」も収録されている豪華盤。アリスを知らない人からまず何を聴けばいいかと問われれば、迷うことなく「アリス5」と答えるだろう。そんな質問を受けることはまずないだろうが(笑)。アリスといえばハゲ・ヒゲ・オカマ(おい)という微妙なルックスで、若者に絶大な人気があるし曲もいいのに渋すぎて売れないグループだったのだが、ここにきて分かりやすくてノリのいい、一般受けしそうなサウンドが定着してきた感があった。若者の間での知名度、コンサートにおける人気、フォークがニューミュージックとして歌謡曲に近づいていった時代背景など、アリスが人気グループとして大爆発する要素は確かに出そろってきていた。

そうした様々な要素が、初の大ヒット曲「冬の稲妻」で結実するわけである。これは堀内孝雄の長所である、ノリがよくてインパクトのあるメロディ・ラインが完成を見た結果と言えるだろう。この堀内的なポップなメロディは、ソロ曲「飛び立てジェット・プレーン」などの佳作にその兆しが見えていて、このあと同路線で「君の瞳は10000ボルト」「南回帰線」といったアップテンポな曲を連続でヒットさせている。その堀内孝雄がなんと演歌に行っちゃったわけだが、それはまた別のお話である。(そういえば堀内と仲のいい高山厳のヒット曲「心凍らせて」も演歌調だから、これは考察に値するところだろう)

といった感じでアリスを聴いてきた僕であるものの、リアルタイムで付き合えたのは「冬の稲妻」に続くヒット・シングル「涙の誓い」までだった。この辺になると、アリスもファンも「ヒットしないとまずい」という空気になってきており、とにかくヒットチャート上位に行きそうなインパクトの強い曲を優先させる雰囲気になってきたのである(僕の個人的感想だけどね)。だから、アリスとしてはとにかく売れそうな曲を出して、本当にやりたいことはソロアルバムでやるような傾向が強くなってきた。若いのに地味で渋いというアリス本来の特徴はソロの方に移っていったわけで、こうなるとグループとして活動停止したのは必然のように思われる。

それでも、ラストコンサートで数々のヒット曲をメドレーでさらっと流して、最新アルバム曲をメインに持ってきたりするマイペースなところが、さすがにコンサートに年季の入っているアリスだなあと思わされた。僕個人としては、「アリス2」の頃の曲にこだわった末に、「今はもうだれも」「帰らざる日々」で締めるコンサートの構成が好きだった。1978年くらいまでそんな感じだったかな。

 

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ひきこもり・ニート諸君に贈る発想を変えた勉強のすすめ

電車などに乗っていると学習塾の看板が目につくのだが、ときどき「偏差値30の子を70以上にします」なんてのがあって、それはいくらなんでも盛りすぎだろう、とツッコミたくなってしまう。僕はもともと勉強の得意な子だったけれど、それでもめいっぱい頑張っても70以上の勝負は結構大変だったのである。というか、大学受験で端的に言えば早慶を目指すってことなのだろうねー。過去記事にも書いてあるけど、僕はいろいろ事情があって偏差値で言えば当時二流の高校(現在はかなり優秀な進学校になっているようだ)に行ったので、有名大学を志望すると先生から「前例がない」などと相手にされなくて困ったものである。

そんなことはともかく、教える側にしてみると、偏差値30の生徒を70に引き上げるというのはやはり無理があるのではないか。現実的には、普通の高校で平均点が苦しいという子を偏差値60程度まで持っていくことはできる。ということで、当サイトでは頭は悪くないけど成績はいまいちというお友達向けの勉強講座をごちゃごちゃとやっているわけだ。偏差値60まで上げられれば地方国立大とか、私立でも中堅上位校には余裕で入れるわけで、落ちこぼれ状態からそのレベルまでいければ大いばりできるし、周囲からガタガタ言われることもなくなるだろう。あなたがひきこもりやニートでくすぶっているならば、一念発起してそのレベルを目指してみる価値は十分にある、と言っておこう。

 

高校生向けに言うならば、英語(コミュニケーション英語、英語表現)と数学は出題内容が決まりきっているので、定期試験では非常に点が取りやすい。ちょっとコツをつかむだけで常時80点以上は余裕で取れる。しかし、現実には英語と数学で苦しんでいる生徒が大半ではないだろうか。英語や数学で軽く80点以上取るやつを、クラスで落ちこぼれ扱いすることは絶対にないよね。ただそれだけのことで、親からは誉められるし周囲からは秀才扱いされるしで、ちょっと人生が変わるくらいの変化を味わうことができる。だから、これをやらない手はないと思うんだけど、なんだかんだ理屈をつけてやらないんだよなー。というのはうちの親戚の子なんだけど、こっちを馬鹿にしているのか、せっかくのアドバイスに耳を貸そうとしないのである。まったくもったいない話だ。

若い読者ちゃんたちの中にも、勉強してるのに成績が上がらないという人は多いことと思う。その原因として、勉強法とか勉強量とかいろいろ考えられるわけだが、一番の問題は根本的な考え方が少しズレているところにある。定期試験の前になって、ここは分かるとかこの問題は分からないとか、みんなよく言うでしょう。はっきり言って、これは既に手遅れの状態だからね(笑)。分かるとか分からんとかいうのは授業の段階で解決しておくべきであって、試験勉強というのは分かっている状態を前提として、その上で覚えるべきことを丸暗記することなのだ。スポーツの試合で言うなら、作戦やフォーメーションを理解しているのは当然のこと。試合に勝つためには、その上で徹底的に反復練習するわけだろう。試合前日になって作戦が分かるとか分からないとか言っていて、果たして勝てるものかどうかを考えてみてもらいたい。

そうした部分をちょっと意識改革するだけで、定期試験の成績は飛躍的に上昇する。というのも、英語も数学も教科書の内容がそのまま出題されるので、反復練習によって丸暗記したものをそのまま書けばいいだけなのである。試験の前日になって、まだ分かるとか分からんとか、余計なことにばかり頭を使っているから点数が上がらない、ただそれだけの話なのだ。

 

ところで、そういうごたくを並べている僕が大学中退なんだから、親戚の子から馬鹿にされるのも仕方のないところなのだった。そのうえ、田舎の人は私立なんて馬鹿が行くものと思い込んでいるし。地元国立大に行かなかったという理由で、実家では低脳扱いされているのが実情なのである(これも泣けてくる話だ)。さらに馬鹿な話をすると、大学の時にはアルバイトで予備校で教えていたんだけど、中退したら親が「もう一回大学を受験しろ。手始めに予備校に入って勉強しなおせ」と言って入学手続きを取られそうになったのである。しかしいくらなんでも、昨日まで先生だったものが急に生徒になったりしたら、さすがに関係者はびっくり仰天することだろう。

それから、これも過去記事に書いたと思うけど、大学をやめて学生じゃなくなったというのに、いろいろ事情があって出るに出られず学生下宿に十年以上(実際には二十年近く)住むことになって、近所の人々からはその間ずっと大学生だと思われていたのである。僕の外見がおっさんになっても二十歳くらいにしか見えないという特殊事情はあるものの、あまりと言えばあまりにもいいかげんな話だ。とはいえ、そういうよく分からない状況のおかげで近所の子に勉強を教えるようになり、簡単に80点以上取る方法を編み出すことになったのだから、結果としてはこれでよかったのかも知れない。そのうちに、落ちこぼれの子を偏差値60にする学習塾を開こうと思っている。

 

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PCレースゲームの世界 私はいかにしてレースゲーマーになったか

レースゲームが好きだという話をしようと思ったのだけど、考えてみれば最新のタイトルは全くやってないのだった。というか、何度も書いているように中古のMateに安物のグラボを乗せただけのマシンなので、新しいゲームをやるのは性能的に不可能で、めいっぱい頑張っても2012年発売のものが限度。しかも家庭用ゲーム機は持ってないので、記事として受けるようなレースゲームには縁のない男なのである(ダメじゃん)。もっとも、PSとPS2のレースものはやれる限り遊んでいて、2006年頃からPCゲームに完全移行した感じなので、その後にPS3あたりで出た有名タイトルはPC版でプレーしているわけであり、その意味ではむしろコアなゲーマーの部類に入るのかも知れない。

などと言いつつ、はっきり言ってレースゲームは下手である。年齢のせいで反射神経はほぼ皆無であって、一番簡単なモードでどうにかレースになる程度。でも中年男がそれくらい走れればいい方ではないかという気もする。そもそも、ファミコンやスーファミの時代にはレースは全くやったことがなくて、大人になってからあるとき思いたって最初の「グランツーリスモ」をやろうとしたら、ライセンス試験の最初の課題で詰んで挫折したくらいだからね。それから数年後、今度は「グランツーリスモ2」をかなり意地になってやり込んだら、なんかだんだん格好がついてきて、下手なりにゲームプレイにはなってきた。GTシリーズで言えば、ライセンス試験をオールブロンズ(ときどきシルバー)で苦労せずにクリアできる程度の腕である。

 

だから「グランツーリスモ2」は非常に思い出が深いゲームであるのだが、それからドライビング・シミュレーターのファンになったのかといえばそうではなくて、なぜか一気におバカなレースゲームの方に針を振り切ってしまったのである。具体的に言うと「Need For Speed」シリーズに傾倒して、海外版の「Midnight Club 3」「L.A. Rush」といった、わりとストーリー性の強い非合法レースものをやりつつ、「マリオカート64」の影響を受けたカートゲーム(カートゥーン・レースと言うべきか)を延々遊んでいたのだった。ところが、あるときNFSのPC版をやってみたら、その画質のよさと動きの滑らかさにカルチャーショックを受けてしまい、これは家庭機でレースをやってる場合じゃないなあ、と思って、一気にPCゲーム信者になったというわけだ。

当時の僕が一番熱を上げたのがNFSの「Underground」「Underground2」「Most Wanted」と続く三部作(?)だった。それ以前のシリーズ(PS時代はオーバードライビン)も悪くなかったし、PS2の「Hot Pursuit」もいいゲームだったのだが、映画「ワイルド・スピード」の影響を受けて、改造日本車をメインにしたストリートレースものという新ジャンルを打ち立てたのは大きなターニングポイントだったと思う。さらにオープンワールドを導入して、警察との追いかけっこをやりはじめるに至り、現在のNFSシリーズに至る基本型が完成したわけである。このシリーズはPS2版でやった人は結構いると思うが、PC版は背景が全くブレないし、車は文字通りヌルヌル動くし、まるで別物であることを特筆しておきたい。

 

日本ではモータースポーツの人気がそれほどではなく、レースゲームもマイナージャンルなのだろう。おそらく、コンスタントに売れている唯一のソフトが「グランツーリスモ」だろうと思うが、このシリーズはドライビング・シミュレーターという建前ながら、実情はお手軽なレースゲームという側面が強くなっているのではないか。マニアックな車好きだけでなくて、あらゆる層の一般ファンを取り込むためには、幕の内弁当のようにとりあえず各種取り揃えて、間口を広くするしかないのは分かる。国内向け家庭機では、この手のゲームはGTシリーズ一択だと思っていたら、PS4で「Assetto Corsa」「Project Cars」というシム系の二大タイトルが出てきて、風向きが変わってきたようである。

かく言う僕はGTにも新しい二大ゲームにも縁がないわけで、偉そうに何を言っとるんだって感じなんだけど、しかし実はシム系ならもともとPCゲームこそが本場でありまして、「GTR2」「rFactor」という極めつきのタイトルが2006、7年に既に登場しているのである。もっとも、僕はこの辺は普通のよくできたレースゲームだと思っていた(シム系、アーケード系という分け方自体知らなかったんだけど)。シム系信者のプレーヤーはよく「挙動」という言葉を使って、掲示板などで挙動の悪さ(?)を口を極めて罵る連中をよく見かけるが、僕はそういうこだわりは全くない。そのゲームの世界では、それぞれの挙動が現実的なのだと思っているので、リアルでなくても実車と違っていても気にならないのである。どうせ、ゲームに登場するスーパーカーなど運転したことはないので、リアルな動きなどもともと知らないし、そんなことを考えていては「Need For Speed」や「Burnout Paradise」などやってはいられないだろう。

そういうわけで、主にPCのおバカなレースゲームばかり十何年やりつづけて、慣れだけでそこそこ走れるようになったというのが実情である。格闘ゲームで言えば、いわゆるガチャプレイで勝っているようなもので、いい齢してこれではちょっと恥ずかしいので、これからはシム系ゲームのリアルな挙動とやらにこだわって、まともな走り方を覚えてみたいと思っている。まずは「Assetto Corsa」「Project Cars 2」がプレイできるPCを買わなきゃね。

 

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