いじめに遭ったために高校入試と大学入試に苦労した

小学校、中学校といじめに遭っていた。

これは成績がよくて顔が美しいというのが原因であり、中学の途中までは普通の(?)陰湿ないやがらせだったのが、あるとき授業中に一人のキチガイが、僕の悪口を大声でわめき出した。中学校では声の大きいやつが支配者である。それから他の生徒たちも公然と追従するようになって、僕は学校中の嫌われ者というか、この世の絶対悪ということになった。

そこは田舎の町であって、全員が同じ公立高校に進学するという不文律があった。僕はそんな馬鹿どもと同じ高校に行くのはまっぴらだったので、他の市にある高校を受けることにした。一応は通学区域内なのだが事実上の越境入学である。だから一流の高校を受けることはできず、偏差値でいえば第二流の学校に入学することとなった。

もっとも、その後の少子化で流れが変わって、今ではわが母校はかなりの一流進学校に変貌しているらしい。

 

初日に登校してみると、いきなり正門のところで番長みたいなのに胸ぐらをつかまれた。一瞬殴られるのかと思ったのだが、そいつは僕の顔をしげしげと眺めて、

「なんだこの野郎、きれいな顔しやがって。おーい、みんな来てみろ! 斉藤由貴みたいな顔した男がいるぞ!

と怒鳴ったので、黒山の人だかりができてしまった。最初の印象というのは大事なもので、それ以来、僕は上級生の女子たちからちやほやされることになった(笑)。

 

高校では周囲とレベルが違いすぎるので、逆にかなり苦労した。なるべく目立たないように、定期試験では穏便に85点くらい取るように心がけていたのだが、他の連中が絶望的にできないので、結果的に一人だけ合格点、なんてことになってしまう。

地方の二流校の教師には、受験に関する知識などは皆無といってよい。彼らの認識では地元国立大が最高の大学であり、それ以上のレベルのところは想像にも上らないのだ。僕の志望校は有名私立だったが、「うちから進学した前例がない」などと言って全く相手にしてももらえなかった。前例が受験するのではなく、僕個人が受けるのだが。

それに、国公立と私立では、受験科目も違えば出題傾向も学校ごとに違うのである。近年では地方の国立よりも名の通った私立のほうが、偏差値ははるかに高くなっている。その程度の知識もない、というか考えようともしていないのだから話にならない。

しかも、学校では一番簡単な旺文社模試しか実施していないのである。僕は学校でやっている補習授業も模試も無視して、勝手に駿台や代ゼミの模試を一人で受けに行っていた。

 

結果的には、好き勝手ばかりやってかなり目立っていたわけだが、高校ではいじめに遭うことがなかったのは幸いだった。二流校とはいえ一応進学校なので、それほど極端な馬鹿がいなかったためだろう。

 

 

ブログ・メルマガアフィリエイトの王道教材


●1商品で942万円稼ぎ出す仕組み「Unlimited Affiliate NEO(アンリミテッドアフィリエイトネオ)」

 


ひきこもり ブログランキングへ

 

故障したPCからデータを救出する大作戦

三年前にネット通販で中古PCを購入した。

NECのMATEという機種で、学校や官公庁で大量に購入して、型が古くなると中古市場に流れてくるという、いわば定番の量産型パソコンである。僕が買ったのも、おそらくはどこかの中学校の視聴覚教室あたりに置かれたまま、あまり使用されずに廃物となったものではないかと思う。

要するに何の変哲もないビジネスPCであり、Windows以外何もインストールされてないという無味乾燥さがなかなかいい。これにちょっとしたグラフィックボードを乗せ、コントローラーを繋いでゲーム機として楽しんでいたのだが、やはりもともとがビジネス用のスリム機であるから、かなり無理があったようだ。

 

使用一年後あたりから、冬場になると起動時にブルースクリーンが頻発するようになり、CPUファンにちょっとでも埃がたまるとシャットダウン。つまりは、もともとギリチョンだった電源パワーが、寒くてテンションが落ちると途端に深刻な電力不足を招くようになったのである。

そんなこんなで、内部を掃除してファンに油を差して、騙しながら三年がんばったのだけど、このたびWindowsが破損して起動できなくなり、修復セットアップも不可という状況に相成った。壊れるのは仕方ないとして、HD内部には大事なファイルが百Gくらい残っているので、これを何とか救出しなくてはならない。

 

nec-mate

死亡したMATE先生(同型機)

 

考えられる手としては、HDにUSB変換ケーブルを繋ぎ、ノートPCで中身を吸い出すという方法がある。これは簡単といえば簡単なんだが、ケーブルが1500円くらいするので、わざわざ買うのももったいないんだな(セコいけど)。

もうひとつの手段は、Linuxで起動して中身をUSBメモリにコピーしちゃうという手である。これなら今すぐ試せるぞってんで、DVDドライブからubuntuで起動してみると、見事に成功した。結局、電力不足でWindowsのファイルやドライバを読み込めないのが原因みたいなので、パワーを必要としないLinuxならば当面は大丈夫みたいである。

しかしUSBメモリは16Gのやつしか手持ちがないし、USB2.0しか使えないのでコピースピードはやたらに遅い。これをノートPCに再度コピーして、順次DVD-Rに焼いて保存していく。いわばこのバケツリレー作戦によって、HD内に残ったデータをサルベージしようという作戦。今回は時間がなくて一回分しか移せなかったので、まだ80G以上が取り残されている。PCが完全死亡する前に、なんとかバケツリレーを完走したいものだ。

 

 

ブログアフィリエイトの基礎を学べる定番教材

 


ひきこもり ブログランキングへ

 

SF小説に熱中していた頃の思い出

一年ほど前から自炊をやっている。

といっても食事を作っているのではなくて、ドキュメントスキャナを使って本をスキャンしてデジタル化しているのである。

とにかく子供の頃から本キチガイなので、家の中には無茶苦茶な数の本が転がっている。まずは手はじめに、小さい頃から熱中していたSFの文庫をデジタル化しようと思ったのだが、これが軽く千冊以上はあるのだ。ヘボいスキャナなので一日一冊ペースが限界であり、焼け石に水とはまさにこのことなのだが……。

 

一番最初に読んだSF小説は、筒井康隆の「時をかける少女」だった。幼稚園か小1のときだったと思う。まだ漢字はそれほど読めなかった気がするのだが、とにかく本を読むのが好きだったのだ。

ちょうどNHKの少年ドラマシリーズで「タイム・トラベラー」を放送していて、姉が原作本を買ってきたのである。鶴書房のSFベストセラーズ版。それから鶴書房のシリーズとか、黄色い背表紙の秋元文庫なんかの国内作家によるジュヴナイルを追いかけて読むようになった。小学校の頃はこういう調子だったので、図書室に置いてあるような子供向けの抄訳SFは全然読んでない。

角川文庫がブームになったのが小6くらいの時で、それから国内ジュヴナイルもどんどん角川から出るようになった。眉村卓の「なぞの転校生」「ねらわれた学園」はその代表作だが、僕は「天才はつくられる」という作品が特に好きである。それから光瀬龍の「夕ばえ作戦」「明日への追跡」も忘れられない名作だ。

当時は有名なSF作家がこぞってジュヴナイルを書いていた。これは子供が多くて学年誌が全盛だったからだろう。その中でも、眉村卓と光瀬龍は学校生活の描写にリアリティがあり、登場する少女がかわいらしく生き生きしているので好きだった。どうでもいい話だが、のちに僕は「夕ばえ作戦」の舞台になった町内に引っ越して、そこで十数年間をすごすことになったのである。

 

そういったSF小僧だった僕であるが、実態はまだ小学生のガキであり、他の子供たちとは趣味趣向が大きく異なっていたと言わざるをえない。本屋で文庫本を買おうとしたら、店のおやじが「子供がこんな本を読むわけがないだろう、ふざけるな」と言ってなかなか売ってくれないのが悩みであった。

さて、そうやってSFジュヴナイルに熱中していた僕であったが、成績抜群で顔も美しかったせいか、学校では一貫していじめに遭いつづけていたのである。中学生になるといじめがさらにエスカレートして、ほとんどこの世における絶対悪みたいな扱いを受けるようになった。そんなこんなで、たいてい学校が舞台となっている国内ジュヴナイルを読むのがいやになってしまったのだ。

僕は13歳くらいで国内SFと完全に縁を断ち切って、それ以後はもっぱら翻訳ものだけを読むようになった。だから、僕の中では当時新進だった山田正紀や横田純彌といった人たちが、いまだに「若手」として認識されているのだ。

 

 

ブログ・メルマガアフィリエイトの王道教材


●1商品で942万円稼ぎ出す仕組み「Unlimited Affiliate NEO(アンリミテッドアフィリエイトネオ)」

ひきこもり ブログランキングへ

 

引きこもりが大学受験を目指す方法について考えよう

引きこもり生活をしていて一番困るのは、周囲から軽く見られて馬鹿にされることである。

こういう状況を打破する簡単な方法はないのだろうか、と常々考えているのだが、簡単かどうかは分からないけどずばり二つのことが思い浮かんだ。ようするに、お金を稼いで教養を身につければよい。人間、お金と教養のある他人をおいそれと軽く扱うことはできないものである。

 

というわけで、当サイトでは若い引きこもり経験者の読者ちゃん……特に高校時代に不登校になった人や高校中退のみなさんに対して、あえて大学受験に挑戦することをお勧めしている。

勉強するのが何より嫌いだとか、文字を見れば頭が痛くなる、といった根本的に無理のある人には勧めないけれど、そういう人はそもそもネットでこんなサイトは見ないだろうと思うので。まずは中学校までの学習内容が一応頭に入っているという、普通程度以上の学力があるものとして話を進めよう。

 

あなたが地方に住む若人(古いね)だとすれば、まず地方国公立大学が選択肢に入ってくると思う。おそらく周囲の大人に相談したら真っ先に地元国立大の名前が出るであろう。実際、普通の地方国公立大学は偏差値で言えば57か58くらいであって、わりと勉強のできる高校生が三年間きっちり授業を受けていれば、合格するのは難しくないのだ。

だが国公立の受験にはセンター試験と二次試験があって、科目数が多いうえに広く浅くが要求される(まあ、二次は面接とか小論文だけというところもあるが)。だから不登校や引きこもり経験者には、物理的に時間が足りないのである。

僕はむしろ、名の通った私立大学を目指す方がむしろ容易ではないかと考えている。それも受かればどこでもいいというのではなくて、偏差値60程度から上のところを目指さなくては、引きこもりの汚名(?)を払拭するという主旨に沿わないわけである。これはちょっと考えると無謀なようにも思われるのだけど、セオリーにしたがって最短距離でやれば、3科目(国語・英語・社会)ならば一年くらいで偏差値60に仕上げることは可能だと考える。

 

もっとも、高校の教育カリキュラムというのはよくできていて、広く浅くにもそれなりに意味があるのだ。よく「高校時代に習ったことは何の役にも立たない」と言う向きがあるけれど、そんなことはない。勉強の仕方や思考の仕方の基礎を習っているのである。

だから私大向けに3科目詰め込みをやった場合、知識としてはかなりいびつなことになり、大学入学後の教養課程でやや苦労することになるかも知れない。僕自身、大学受験の時には、3科目に関しては偏差値70以上はあったのだが、いわゆる普通の受験勉強をやらずに、今から思えば強引な偏差値上げをやってきたのである。

次回から、僕がどういう無茶な勉強法をやっていたかをご紹介しつつ、良い子は真似をしないでね!という話をいろいろしていきたいと思う。ではまたー。

 

ブログ・メルマガアフィリエイトの王道教材

●1商品で942万円稼ぎ出す仕組み「Unlimited Affiliate NEO(アンリミテッドアフィリエイトネオ)」

 

ひきこもり ブログランキングへ

 

パニック症候群で電車に乗れなくなった話

僕は21歳くらいから自律神経失調症で本格的に体調が悪くなり、以後十年間は半死半生という感じですごしていた。

当時はまだ心因性の病気に対する理解がほとんどなかったのである。病院で検査を受けてもどこも悪くないと言われ、医者から「いいかげんにずる休みをやめてはどうだ」と説教までされる始末で、本当になさけなかった。

そこで半ば自棄を起こして、「どこも悪くないけどずる休みしてるんだ」と進んで周囲に言いふらすようにした。するとみんな呆れてしまい、逆に何も言われなくなった。

 

そのうちにパニック症候群(その頃、こんな言葉があったかどうかは知らないが)の症状が出てきて、電車に乗れなくなってしまった。すさまじい動悸に襲われ、息ができなくなって乗っていられないのだ。

あるとき、信濃町から下宿のある恵比寿まで電車で帰ろうとしたのだが、ひと駅で死にそうになって千駄ヶ谷で下車した。本来なら新宿か代々木で山手線に乗り換えて、せいぜい15分くらいの道のりである。そのわずかな時間も乗っていられないのである。

このままでは帰れないし、どうにも仕方がないので歩くことにした。結局、千駄ヶ谷から原宿までたどりついたところで力尽きて、修学旅行の高校生がはしゃぎまわっている中でしばらくへたり込んでいたら、あまりの馬鹿らしさに泣けてきた。それから意を決して再び電車に乗り、残りのふた駅(せいぜい5分くらいなのだが)を死ぬ思いで乗り切って帰ったのだった。

 

それがパニック症候群に襲われた最初の経験だったので、どうということもない話なのだが非常に印象に残っている。

それ以来、今でも電車は苦手である。最近はどうにか乗れるようになったのだが、山手線とか地下鉄とか、ゴミゴミしていて空気の悪い環境は相変わらずきつい。まだ新幹線の方がいくぶん楽である。振動がほとんどなくて清潔で、空調が行き届いているせいか呼吸が楽な気がする。

 

これも二十代の頃のことだが、どうしても新幹線にのって遠出しなくてはならなくなった。新幹線に乗るのはまだいいとしても、恵比寿から東京駅までたどり着くことが至難の技なのだ(これまた、山手線か地下鉄日比谷線でせいぜい15分なんだけど)。

やっぱり歩くしかないだろうと思い、山手線の内側をなるべく最短距離で進むように心がけて、東京駅を目指して歩いたのであった。これは今までの人生でも一番ひどい経験であって、真夏のことで脱水症状になるし足はつるし、新橋の手前あたりで一歩も進めなくなって、マジに死ぬかと思った。

そんな思いをしても、まだ電車に乗るよりはましなんだから、パニック症候群というのは厄介なのである。やはりここでギブアップして山手線に乗ったのだが、新橋から東京までの2分間くらいが実に長かったのだなあ。

 

 

ブログアフィリエイトの基礎を学べる定番教材

人気ブログランキングに参加しています
ひきこもり ブログランキングへ