昭和プロレス 大量のビデオを整理・保存するための傾向と対策

最近のニュースで笑ったのは、滋賀県警の警察署員が女性署員につり天井固めをかけたという話である。ようするにプロレスごっこで遊んでいるというだけなんだが、やっぱりセクハラだと騒ぎたてる連中が出てきて、予想通りの展開になってしまった。

僕は昭和人間のセクハラ容認派であって、女にプロレス技をかけるのは「あり」だと思っている。あまりこういうことを言っていると怒られるのでやめておくが……。

 

さて、話はプロレスだ。僕は30過ぎてから車の免許を取りに行ったら、プロレスファンだという若い子と知り合って、プロレス話で盛り上がってしまった。それはいいんだが、こっちが馬場だ鶴田だと名レスラーの話題を出しても、向こうは全然知らないようで大きくショックを受けたのである(まあ単に世代間のギャップなのだけど)。

小学生の頃、一番熱中してプロレスを見ていたのは、全日と新日が旗揚げした直後のことだった。僕はどっちかといえば華やかな全日の方が好きだったのだが、先行きが不透明で怪しい感じの新日からも目が離せなかったのだ。

全日でいえば田園コロシアムでの鶴田・マスカラス戦、有名レスラーが大挙来日したオープン選手権あたりの、これでもかという盛り上がり方がすばらしかった。NWA王者も頻繁に来日してタイトルマッチをやってたしね。それに比べると新日は明らかに人材不足で、猪木と坂口の他には目ぼしいレスラーがいない。名前の知られた外人といえば、ブルート・バーナードとハンス・シュミットというベテラン・コンビが初めてではないだろうか。ハンス・シュミットなんてシュミット式バックブリーカーの発明者としてプロレス図鑑に名前が出てくる、歴史上の人物だ。

 

昭和50年代にはかなりのプロレス少年だった僕であるが、大人になるとさすがにもうプロレスでもないだろうと思い、しばらく見るのをやめていたのである。

自律神経失調症で身動きできなくなり、大学にも行けなくて引っくり返ってテレビを見ているしか仕方のない頃、思いがけず懐かしいプロレスの映像を目にすることになった。それは90年前後に、日本テレビが深夜に放送していた「プロレス名勝負リクエストアワー」という番組で、往年の名勝負を再放送しはじめたのだった。司会は若林アナと竹内宏介だった。

この番組は、ともすれば心も沈みがちで自殺を考えてしまう自分にとって、ある種の心の支えになっていた。僕は毎回、ベータのビデオデッキで録画保存したのだったが、まずいことに間もなくデッキは故障し、ベータそのものが消え去ってしまって修理も不可となり、この貴重映像を見ることができなくなってしまったのである。それから、このプロレス映像の録画ビデオをいかにして再生可能な状態で保存するかという、語るも涙の冒険が始まったわけである。この続きはそのうちまた書きます。

 

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