いじめで自殺を考える諸君、悩んでいるのはあなただけではない

いじめが原因で自殺するというニュースが大々的に取り上げられるようになったのは、80年代後半あたりからではないかと思う。その頃、僕はもういい大人になっていて、俺の頃にもこんなふうに「いじめ」が問題になっていればなあ、と思ったものだ。

中学校の時、よく教師から「いじめられる側に問題がある」と言われた。いじめられる側にも、ではなくて完全にこっちが悪いという論調であった。当時、僕は学校では悪の象徴であり絶対悪であって、僕に対して罵詈雑言を浴びせたり、いやがらせをしたりするのは、全て正義の行為とされていた。それは授業中であっても黙認される。教師にしても、それをとがめたら僕の味方ということにされてしまうので、怖くて何も言えないのだ。

 

僕は「低脳」のうえに「ブサイク」であると言われていた。実際には成績抜群だし、顔も美しかったのだが、それを認めることは絶対に厳禁なのだった。いじめの中枢グループ(数人のキチガイ)にしてみれば、認めてしまっては自分たちが立つ瀬を失ってしまう。それで、いわば恐怖政治を敷いて全校生徒に逆の認識を強要していたのだ。

もちろん学校には行きたくないのだが、不登校などは親が許してくれないので、しかたなく登校していた。しかし登校しても居場所がない。机や椅子もどこかに隠されているので、まともに授業も受けていられないのだ。保健室登校というのが、ちょうどハシりの時代だったと思うのだが、僕の姿を見ると保健の先生が鍵をかけてしまうので、入室もさせてもらえない。僕がベッドに寝たらバイキンがつくので、シーツを取り替えなくてはならないのである。

普通の人間ならばここまでされたら自殺するものだ、だがおまえは平気で生きているし、自殺しろというホームルームの決議も守らない。それはおまえの性格が悪いからだ。……というのが連中の理屈だった。教師からは「胸に手を当ててよく反省しろ。みんなに土下座してこれまでのことを謝れ」とよく説教された。もはや何だかわけが分からない。

 

最近でも原発にからんで菌扱いされるという話があったが、僕はもともと汚染物質のような存在であった。僕の触れたものはもはや使用不能だし、少しでも身体が触れたらもう大変である。それをお互いになすり合い、休み時間も授業中も関係なく鬼ごっこが展開される。

一番大変なのが夏休みや冬休み明けの登校初日で、このときには席替えが行われるのだった。バイキンである僕の近くになりたくないので、その日一日、全ての時間がジャンケン大会に費やされ、負けた者は怒鳴ったりわめいたり、女子の中には本当に泣き出す者までいた。そして、僕を他のクラスにトレードに出してほしいという署名活動が開始され、それが他クラスの反発を呼び、なぜか僕は職員室に呼び出されて「人間のクズ」などと罵られたのだった。

 

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