懐かしいプロ野球の球場…って昭和の話かよ

あとで読み返すと意味不明になってしまうので、あらかじめ書いておくと、いま現在プロ野球では巨人が低迷している。かく言う僕は筋金入りの狂信的な巨人ファンであって、V9も見ているし最下位も味わっているので、今さら何が起こっても驚くものではない。ひとつだけ感想を言っておくと、どういうチームを作るかという長期的な展望が全く欠けていたことは確かであろう。

川上監督時代のV9と、原監督による二度の三連覇は、メンバーを固定しての黄金時代という意味で似通っている。結局、圧倒的に強い時期が続くとレギュラーが全員30代になってしまい、若手は出場機会を奪われて育っておらず、反動で低迷期に入ってしまうのは仕方のないことなのだ。V9のあとにも中畑・原・江川・篠塚・山倉などの若い力が揃って、ようやく戦えるチームに再生したのである。

 

そういうことはともかく、以前はよく球場に足を運んで観戦したことを思い出す。といっても自律神経失調症で動けなくなる前の話。昭和バブルまっただなかの時代である。僕の住んでいたところから一番近い球場は、ロッテが本拠地にしていた川崎球場だった。有藤・落合・山本功児・村田兆治といったスター選手がいた頃で、いつ行ってもスタンドはガラガラなので、いい席でのんびりと観戦できる。

当時はパ・リーグの人気は全くなくて、汚い球場で怖い顔のおっさんたちがダラダラとプレイしているという、いかにもうらぶれた感じが逆によかった。川崎球場へは駅から盛り場の中を抜けて歩いて行くんだが、酔っ払いはたむろしているし、変な客引きにつかまるし、物騒で油断がならない。女子供が行くような場所でなかったことは間違いない。

 

それから、後楽園も月に何回かは行った。神保町で古本を探した帰りに、内野の安い券を買ってナイトゲームを見る。といっても巨人戦はとてもじゃないが席が取れないので、もっぱら日本ハムのパ・リーグ試合である。内野の自由席というのは二階席なんだが、一番前まで行くと一塁コーチャーのすぐ上くらいで見られるので、アングル的にはネット裏よりずっといいのだ。

後楽園といえば、当時のプロ野球の球場の中では唯一の明るい雰囲気を持ったところだった。外野のすぐ裏が遊園地なので、ちょっとお子様ランチ的なところはあるんだが、そのおもちゃ箱みたいな感じがよかった。電光掲示板や人工芝も、まだ日本では数少なかったという時代である。アニメの「侍ジャイアンツ」には、当時の後楽園のメジャーな雰囲気がよく出ていて、つい何度も見てしまうのだ。

そういう明るい後楽園だが、パ・リーグの普段の試合はやっぱりガラガラで、内野席から一塁走者に野次を飛ばしたら聞こえてしまって、中には言い返してくるやつがいた。現在の満員・盛況のパ・リーグからはちょっと考えられない話である。

 

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