真夏の記憶と学生下宿

昨日から猛暑になってきたが、こっちは外出するわけでもないし一日中冷房の中にいるので、むしろ快適である。こうなると、アイスやビールがうまいので夏が来るのは歓迎といった思いが強い。

しかし学生時代(とそのあとの十数年間)は、真夏といえば命の危険を感じるというほどひどいものだった。普通の民家の二階を貸しているという、昔ながらの学生下宿に住んでいて、そういうところには冷房などないのだ。もちろん、その当時でもすでに、学生はお洒落なアパートやマンションに住むのが普通になっていたんだが、だからこそ逆に、古いタイプの下宿は格安の値段で借りることができる。

僕は十年くらい体調が悪くて、ほとんど物が食べられなかったのだが、それでも塾の先生とか家庭教師のバイトには、どうにか這って(?)行っていた。しかし、そのうち数年間は本当に起き上がることも難しく、どうにもならんので酷暑の二階で終日ひっくり返っているしかなく、テレビをつけて「夏休み子ども劇場」とかいう、仮面ライダーとウルトラマン(それぞれ初代である)の再放送を延々と眺めているのが、真夏の記憶なのだった。

 

ところで、僕は体調が悪くなって大学をやめたと記憶していたのだが、どうもその前から学校が嫌になって、実質的に行くのをやめてしまったようだ(もうあまり覚えてないのだが)。その時期はまだ元気で、二十歳かそこいらだから疲れ知らずであって、炎天下をどれだけ歩き回っても平気だったのである。

下宿は東横線の日吉から奥に入った住宅地にあって、大学は駅の向こう側なのだが、下手にそっちへ行くと教授と顔を合わせたりしてマズいので、反対側の綱島へ遊びに行く。綱島は古い歓楽街でまだヤバい感じも残っていた。しかしその前年あたりにイトーヨーカドーが出店して、その周囲がショッピングセンターみたいになってから急速に垢抜けてきたようである。綱島映画で二本立て六百円というのを見るか、川沿いを歩いたりしてブラブラとすごすのがなかなか気持ちよかった。

夏休みになると、人が少なくなった大学の構内を散歩するのが日課だった。といっても大学の校舎の方に行くと関係者がいて具合が悪いから(こればっかりだな)、なるべく人のいない方へ足を向ける。大学は小高い丘の上にあって森の緑に包まれていて、奥の方に入ると古墳のあととか、戦時中の臨時司令部の遺跡とか、わけの分からないものがあって混沌としている。ちょっと広いところに出たと思えば、自動車部なんてのがオンボロ車を走らせて遊んでいたりする。

 

たいていは、同じ敷地内にある付属高校あたりの木陰で、夕方まで読書していることが多かった。ときどき高校生の運動部員が通りかかるが、こっちが大学生なのは分かっているので、邪魔だと思っても何も言わないのがおかしかった。

この高校は有名校なので、応援団の活動ぶりなんかがたまにテレビのニュースで出ることがある。何気なくテレビを見ていると、当時僕がよくブラブラ歩いていた鬱蒼たる緑の木立ちが、突然目に飛び込んできて、数十年前にタイムスリップするようで実に妙な気持ちになるのだ。何の意味もないくだらない記憶ではあるんだが、ふと胸がキュンとなったりする。

 

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