ひきこもり・ニート・落ちこぼれが大学に合格するための戦略と実践

以前、受験勉強せずに大学に受かった話を書いたところ、やたらと「勉強しない 合格」みたいなキーワードで見に来る読者が多くなって、いささか責任を感じている。僕の場合はいじめに遭ったおかげで読書と英語と歴史のおたくになり、さらに越境入学でレベルの低い高校に入ることを余儀なくされたため、自分で勝手な勉強法を模索しながら受験したのである。普通の勉強法は実行しなかったというだけで、やはりメチャクチャな猛勉強して偏差値を引き上げたことに変わりはないのだ。

しかし、最低限の努力で最大の効果を挙げる勉強法は、自分の経験から体得してきたことは確かなので、それをこのサイト上で順次披露しているのである。ひきこもり・ニート経験者や落ちこぼれのお友達でも、一年くらいの継続的な訓練で成績優秀者に変貌することは十分に可能なのだ。それは継続することが大前提であり、飯を食ったり歯を磨いたりするのと同じレベルまで無意識化して、生活の一部として実践することが必要だ。逆に言えば、その域まで習慣化できれば、苦行的な記号の暗記は一切やらずに大学合格レベルまでいくことができるだろう。その意味では、受験勉強せずに大学に合格できるというのは決して嘘ではない。

 

一番大事なのは、どの辺のレベルを目指すのかという基本目標の設定である。地方国立大学に入りたいのならば、偏差値58程度で五教科七科目をやらなくてはならないし、MARCHや関関同立が目標だったら偏差値60以上で三科目、というように目指すところが決まってくる。まずそこを考えずに、ただ漠然と参考書や単語帳を眺めているお友達が多いのではないか。

特に地方に住んでいる人で、普通の公立高校に行っている場合、親や教師の認識があまりにも現実とかけ離れているので、ともすれば振り回されてしまう。田舎の人間は国立大学が最高だと思い込んでいて、国立に落ちたやつが仕方なく私立に行くと信じ込んでいる。僕はある有名私大の文学部に在籍していたが、親からはいまだに「国立に入れなかった落ちこぼれ」と思われているのだ。教師の認識もその程度であって、公立高校でちょっと成績がいいと問答無用で地方国立大志望にされてしまうので、私大一本にしぼることがなかなか難しいのである。

もちろん地方国立大が悪いとは言わないけど、偏差値的には有名私立よりも下である。私大狙いならば三科目にしぼって集中的にやることが大事であり、滑り止めみたいな感覚で受けても受かるわけがないのだが、親や教師にはその辺がなかなか理解してもらえないのだ。

 

しかし、当サイトはひきこもり・ニート・落ちこぼれのみんなに向けて書いているので、いきなり国立大とかMARCHとかを出すのは時期尚早かも知れない。とはいえ、一年くらい継続的に集中して訓練すれば、普通の公立高校ならば成績上位者になることはそれほど難しくないのだ。だから、まずは学年で三十番以内とか、そういう身近で分かりやすい目標を立てた方がいいだろう。

そこで、落ちこぼれ状態の人が一念発起して成績アップのための勉強をはじめるとしよう。まず何からやればいいかという話だけど、これは過去記事で繰り返し述べてきたように、中間試験や期末試験で80点以上取ってみせることである。数学と英語(英文法・英作文)に関しては簡単に取れるので、ぜひ実行してみてほしい。これがなぜ大事かというと、定期試験でいい点を取っていないと、進路指導の際に全く相手にされないからである。あと、いじめに遭っていたり、不登校経験者でクラスで浮いているという人にも、これは非常に有効だ。数学や英語で80点以上取るやつを、おいそれと馬鹿にすることはできないので、これだけでも周囲の見る目が違ってくる。

そうやって定期試験対策を取ることで、確実に80点以上とっていれば、これはもうクラスでは「勉強の得意なやつ」と見なされるようになる。しかし、これは単純に点を取るテクニックを実行しただけの話であって、本当に学力が向上したわけではないので勘違いしてはいけない。

 

学校の方はそれでいいとして、もう一方で受験対策の勉強を進めていくわけだが、こちらが僕の提唱している無意識レベルの習慣化というやつである。受験勉強について一番肝心なことを言うと、断片的な知識を泥縄式に覚えようとする勉強は、落ちこぼれ状態にあっては全く無意味なのでやってはいけない。例えば単語や文法の暗記とか、歴史の重要事項の暗記とか、そういうことを戦略なしにただやっても、点数には全く結びつかないのである。といっても、大多数の受験生がそういうやり方をしていることもまた事実。だからこそ、戦略的な勉強法をやれば簡単に抜きん出ることができるわけだが。

過去問題を見れば分かるように、国語も英語も九割以上が長文読解問題であって、古典文法や単語を直接問うような出題は、ほとんど出ないと言っていい。つまりは、多くのお友達は出題されないと分かっていることを、お金と時間を費やしてノイローゼになりながら必死で覚えているのである。世の中にこれ以上無駄な努力は存在しないのではないか、というのが僕の正直な感想である。(塾の先生やってた僕が言うのもどうかと思うけど)

 




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