ベストプレープロ野球の季節!そんなものがあるのか

さて、今年もベストプレープロ野球の季節がやってきた。

といきなり言っても何のことやら分からんのだが、「ベストプレープロ野球」という野球シミュレーションゲームの話である。知らない人のために説明すると、12球団の選手データを入力して、リーグ戦の行方をただ見守る(監督として指揮を執ることもできる)という、非アクション野球ゲームがあって、毎年この時期になると新データ入力のために大忙しなのである。まさに引きこもりのためにあるようなゲームと言えるだろう(笑)。

 

僕が高校生くらいの頃にマイコンというものが出はじめた。したがって、世代的には筋金入りのPC少年だったわけだが、その当時はゲームに興味はなかったのである。

唯一、これはやりたいと思ったのがダビスタでおなじみの薗部さんが作ったという「ベストナインプロ野球」なるPCゲームだった。ところが、これはFM-7用のゲームだったので、他機種を使っている人間には手が出せない。

それからファミコンブームが到来したが、すでに大学生くらいになっている身としては、今さらスーパーマリオに熱中するというわけにもいくまい。というわけで、僕はファミコンの有名ゲームというものをほとんどやったことがない。

そんな時、あの「ベストナインプロ野球」が、ファミコン版の「ベストプレープロ野球」として装いも新たに登場したのだった。こっ、これは買うしかあるまい!こうして、待望のベスプレを手にした僕は、このゲームにどっぷりとハマッたまま数十年(笑)を過ごすことになるのだった。

 

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これがファミコン版第一作の懐かしいパッケージ。地味なゲームだが口コミでかなりの評判を呼び、改めて新データ搭載版が出るまではずっと品薄状態だった。

 

このファミコン第一作は、試合スキップができない(全試合を観戦しないと先に進めない)という恐ろしい仕様だったものの、システム的にはのちのシリーズと同じものが、この段階ですでに提出されている。

ファミスタをはじめとしてファミコン野球ゲームは数々あったが、このベスプレは名前を入力しなおすことができる、という一点において画期的だった。つまり、他のゲームだと選手の実名が使えずにパロディ名になっているのだが、ベスプレなら自分で実名を打ち込むことが可能なのである。

 

そして、僕が完全に虜となったのは、続編の「ベストプレープロ野球2」であった。ここにおいて監督の思考ルーチンが実装され、球場も天然芝と人工芝を選ぶことができ、スキップ機能が備わることによってペナントレースを短時間でシミュレートすることが可能になった。唯一の難点は、容量の限界から1リーグしか扱えないことだった。それは大型カートリッジを採用した次作「ベストプレープロ野球スペシャル」で解消されることになる。

 

世界の歴史4・唐とインド(中公旧版) 読書ノート

中央公論社の「世界の歴史」(旧版)と「日本の歴史」を一冊ずつ交互に読むという一大プロジェクト(どこがだ)、順調に進んで歴史の第4巻「唐とインド」に突入した。

この巻を読んだ人の感想には「読みにくかった」「挫折しそうになった」というのが多いのだが、それも分からないでもない。著者の塚本善隆は中国史の第一人者であると同時に、本物のお坊さんでもある。文章が普通の学者先生とはやや違っているうえ、文語調の熟語を連発するので(内容からいって当然ではあるのだが)、とっつきにくさが生じてしまうのだろう。

冒頭の三国時代のエピソードはゲーム世代の日本人にはおなじみでいい感じなのだが、そのあとの五胡十六国と南北朝は、展開がめまぐるしいうえに斬った殺したの残虐エピソード満載で、はっきり言って無茶の極み。これでドン引き状態になったところに、難解なインド編・仏教編で追い討ちをかけられては、挫折する読者が続出するのも当然だろう。付録の小冊子の座談会で「隋・唐に入るとホッとする」という話が出たので笑ってしまった。

 

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僕の青春そのものと言うべき(それほどでもない)中公文庫旧版。と言いつつ、今回読んだのは昭和36年刊行の全集本の方である。文庫は字が小さくて、ページ数の多い本を一気読みするのはきついのだ。単に年齢のせいとも言う(笑)。

 

 

もっとも、僕は仏教関係の話は嫌いではないし、ちょっと古風な塚本先生の語り口にもハマッたので、すいすいと楽しく読めてしまった。

インドには歴史がない(おいおい)と著者自身が語っているように、この段階では書くネタ自体がほとんどないのだ。だからこの辺は軽く流すという書き方もありだと思う。しかし、やはり仏教(さらにはヒンドゥー教)について語らなければ、一本筋の通った概説書にはならない。本職のお坊さんだけに、仏教話になると記述はノリノリ。さらに隋・唐時代の戦争エピソードに入ると、講談調の筆致が冴えてこれまたノリノリである。

読み終わってみて、五胡十六国と南北朝については相変わらずよく分からない(笑)。後半の唐の繁栄と没落が、やはり今回の圧巻である。インド史のスカスカ具合と、宗教話の詳細さによって、構成バランスが崩れてしまったことも確か。挫折しそうになったら、興味のない部分はすっとばすというのも手であろう。僕自身はこの巻が大好きなんだけど。

 

 

自律神経失調症 私の体験

ひとくちに引きこもりと言ってもさまざまな事情があるだろう。体調が悪くて外に出るのが辛い、という人は多いことと思う。まあ僕も基本的にその中に入る。

僕が体調を悪くしたのは大学生の時で、あるとき胃腸が全く働くなくなって、学食で昼食を取るのがきつくなってきた。やがて講義を受けていられなくなった。1時間半の間じっと座っていること自体ができなくなったのだ。

それからとても学校には行けなくなり、出席日数不足で留年することになった。それは仕方がないとしても、いくらかの単位は取らなくてはと思って、這うようにして試験を受けに行った。

すると僕をズル休みと決めつけて目の仇にしている教師に見つかり、「ここはおまえのような馬鹿の来るところではない」と拡声器で怒鳴られて追い出されてしまった。満場の何百人かの学生たちの嘲笑・爆笑が背中に浴びせられた。その時の屈辱感は今でも心にはっきりと残っている。結局、それが決定打となって、以後十年くらいほとんど起き上がることもできなくなった。

 

一番辛かったのは、身体の具合が悪いと言っても誰一人として信用してくれなかったことだ。

僕は何とか回復したいと思って、病院に行って検査を受けたりしたのだが、どこも悪くないと言われて仮病・ズル休み扱いされるばかりだった。親からは叱責を受けつづけ、最後には低脳・出来損ない呼ばわりされる始末。

現在ならば心療内科というものがポピュラーになっているが、その頃は自律神経失調症といっても世間では通用しなかったのである。

 

ようやく少しずつでも起きて出歩けるようになったのは、30歳を過ぎてからのことである。それまでは地獄そのものだったが、そのあともまたひどかった。出歩くといっても百メートルも歩くとひどい吐き気と目まいに襲われて、行くことも帰ることもできずに道端にうずくまってしまう。

それでも、じたばたと動いているうちに、まさに1ミリずつという感じで回復に向かったのは確かである。現在では電車に乗って出かけ、軽く食事を取るくらいはどうにか可能になった。だが車の運転はまだ怖くてできない。少しずつやろうと思ってはいるのだが。

 

引きこもり・ニートの学歴再挑戦

僕の最終学歴は大学中退である。結局のところ学歴がないわけで、おかげでこれまで多大な苦労を強いられてきた。

受験の頃は偏差値で言えば70は軽くあって、科目によっては全国模試で上位に入ったこともある。実際にいわゆる有名私大に進学したのだが、いろいろあって途中でやめてしまった。今では周囲から知恵遅れ同然の扱いを受けていて非常に不本意なんだが、学歴がないのは確かなので文句も言えない。

引きこもり・ニートの人にもいろいろな境遇があるだろうが、学歴のために苦労しているという人も多いのではないか。やはり大学卒業の資格は取ったほうがいいわけで、当ブログではその方法について言及していくつもりである。

方針としては、高校卒業か大検資格を取った人が、いかにして大学受験を突破するかという問題について伝授(というほどでもないんだけど)していくつもり。

それから、僕自身も大学に入りなおせばいいのだが、いいおっさんなので今さら受験でもないのである。うまい具合に放送大学というものがあって、これは過去に取得した単位が有効だというし修業年限も事実上ないようなものらしい。余裕ができたら、これまたみずから人身御供になってレポートしてみたいと思う。

 

引きこもりでも稼げる方法を模索してゆく

一度人生のコースから外れると、軌道修正が難しいのが日本社会である。

などと、ものものしく言うまでもなく、ようするに学校を出て就職するという道から外れたら、なかなか稼ぐことが難しくなる。引きこもりとなるとなおさらの話で、はっきり言えばまともな職にも就けないし身動きもできない、という状況になってしまう。

僕自身のことを言うと(赤裸々ブログなので隠し事はしない)、経歴でいえば大学中退である。いわゆる有名大学で偏差値も70は軽く超えているんだが、それでも周囲から知恵遅れのような扱いをうけている。もちろんまともな仕事には就けない。

僕の場合、20代の頃は身体の具合が悪くてほとんど起き上がれないような状態だった。この辺の話はまた別に書くとして、低学歴と馬鹿にされ、食うや食わずで、さらに周りからは仮病扱いされて全く立つ瀬もない。八方ふさがりとはこういうことを言うのだなあ、と一日に何度も思ったものである。

 

このブログは、引きこもりやニートで身動きできずに困っている人に向けて書いていくつもりだ。

ひとつ言いたいのは、引きこもりであろうとニートであろうと、現在周囲から馬鹿にされていようと、起死回生のチャンスはあるということだ。僕の20代の頃にはそれがなかったが、ネット時代の現在ならば、少なくとも引きこもりでもお金を稼ぐチャンスはある。生計を立てるまで稼ぐのは簡単ではないが、小遣い銭くらいならばわけなく稼げるのだ。

あの当時にネットがあればなあ、とつくづく思ってしまう。

 

なにはともあれ、お金を稼ぐことができれば、引きこもっていても周りは何も言わなくなる。大きく稼ぐことができれば、逆に一目置かれたり尊敬されたり、親孝行だと言われたりする。まったく世の中は「現金」なものである。

このブログでは、僕自身が実行して効果のあった稼ぎ方、そのための教材やツールなどを、みずから人身御供になって紹介していきたいと思っている。