受験勉強してないのに大学に受かったのだ

僕は偏差値でいえば二流の高校に行っていた。その理由は過去記事にも書いたが、要するに中学でいじめに遭っていたために越境入学するしかなかったからである。

高校では他の生徒や教師とはレベルが全く合わず、志望校である有名私立大を受けるのに苦労した。地方の公立高校では、ちょっと成績がいいと地元国立大に進むことが決まりのようになっているからだ。また、受験に関する情報にも乏しくて、私立は馬鹿が行くものと決めてかかっている。実際、地元国立だと偏差値は58くらいだが、僕の志望校は70以上の勝負であって、全然世界が違うのだが。

 

周囲に合わせていては泥沼にはまるばかりなので、学校の補習も模試も完全無視して、自分で勝手に駿台や代ゼミの模試を受けに行くしかなかった。

といっても、セオリーどおりに受験勉強していたわけでは全くなくて、結果的に自己流の無茶苦茶な偏差値上げをやっていたのである。だが、これが逆によかった。田舎で普通に勉強していたのでは、都市部のライバルにはとても太刀打ちできない。それに、当時の僕にはセオリーもなかった(笑)

 

さて、僕が受験したのはとある私立大の文学部である。

受験科目は国語・英語・社会(日本史か世界史)の三科目。そのうち、国語は得意中の得意で、下手すれば模試で全国上位に入るくらいだったから、特に勉強する必要はなかった。社会は日本史を選択したのだが、前記事に書いたように中学時代にいじめの影響で読書に逃避して、司馬遼太郎のほぼ全作品を一気読みしたために日本史おたくになっており、高校レベルの試験では知っていることしか出題されないので、これまた勉強する必要はなかった。

問題は英語である。これは得意でもあり苦手でもあるという感じ。学校の定期試験くらいでは90点以上普通に取れるのだが、単語や構文の暗記とか、文法とかいった、受験生のセオリーと言うべき勉強は全くやっていない。ただし、キチガイ読書の流れでSF原書を読むようになっていて、長文読解力だけは異常にすぐれている。

普通に受験すると英語がネックになってしまうのだが、僕の受けた学部はちょっと変わっていて、5ページほどの長文を読んで問いに答えるという形式、いわゆる「超長文問題」が特徴となっていた。つまりは細かい単語も文法も無関係であって、読解力だけの勝負ってことであり、こうなれば僕の独壇場である。

 

というわけで、気がつくと全く受験勉強せずに有名私大に余裕で合格するという、訳の分からないレベルに到達していたのである。しかも僕が受ける前年に科目が変更になり、国語が廃止されて小論文になった。小論文は国語以上に得意中の得意である(笑)。

実際受けに行ってみると、小論文の課題は谷川俊太郎の詩論「世界へ!」の一文であった。受験生のほとんどは詩など読んだことないだろうし、谷川俊太郎になじみもないだろうから、これはのちに語り草になるくらいの難問ということになった。ところが、この「世界へ!」は僕の高校時代のバイブル的な本のひとつだったのである。あんな楽しい小論文は後にも先にもなかったな。

 

 

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いじめに遭っていた頃、読書だけが僕の世界だった

前の記事にも多少書いているが、中学校までずっといじめに遭っていたのである。

とにかく学校には居場所がなかった。下手をすれば机や椅子も隠されてしまうので、教室にもいられない。保健室登校というのが話題になりはじめていた時期だけど、僕がベッドに寝たらバイキンがつくので、入室させてももらえなかった。

そこで、結局は図書室にいるしかなくなったのだが、休み時間などにはいじめグループ(それはクラス全員なのだが)の偵察員が来ていて、僕が本棚に戻した本のカバーを別のものと付け替えてしまう。だから、一回読んだ本はもう二度とどこへ行ったかわからなくなるのだった。

 

さて、僕は物心ついた頃からSFマニアで、小学生の頃は国内作家のジュヴナイルを読んでいたが、中学になるといじめがひどくなったので、学校が舞台であるジュヴナイルは見るのも嫌になってしまった。それ以来、翻訳もの一辺倒ということになった。ちょうど早川から古典的な名作SFがどんどん文庫化されている時期で、主な名作SFはその頃にほとんど読んだような気がする。

今はどうだか知らないけど、当時の中高生には星新一が人気だった。僕は星新一作品は小6くらいで読んでしまい、やはり人気の高かった北杜夫や遠藤周作のエッセイ集を読みはじめて、それから小説作品に移行した。その影響から吉行淳之介、安岡章太郎の作品に出会い、当時の現代小説にのめり込んでいった。五木寛之の「青春の門」が大変な人気を呼んでいた頃で、映画を見たあとマクドナルドでプログラムを持っていたら、店員から「青春の門見たの?どこでやってるの?」と聞かれてびっくりした記憶がある。

それから司馬遼太郎にはまった。ちょうど「坂の上の雲」が文庫化された頃で、父が全巻買ってきて「これは凄いぞ」と言っていた。何が凄いのか半信半疑だったが、あまりの面白さに引っくり返って司馬作品に傾倒し、「国盗り物語」「新史太閤記」「関ヶ原」「竜馬がゆく」などをほとんどヤケクソみたいに徹夜で読みつづけた。

 

読書こそが僕の居場所であって、現実世界は馬鹿どもが横行するゴミためのようなものだった。三者面談の時に母親が「うちの子は本ばかり読んで困ります。どうやったら読まなくなるでしょうか」と教師に相談していたほどである。

この無茶な読書量のために読解力の針が振り切れたのだろう。国語の試験で百点を取るようになったのである。「数学や英語なら分かるが、国語で百点を取るやつは珍しい」と教師に呆れられるほどだった。高校になると国語教師がひねくれているので、必死で何点か減点されるのだが、それでも現代国語はずっと97点か98点くらいだった。古文・漢文も幼稚すぎて退屈で寝てばかりいた。

さらに、SF好きが高じて原書を読むようになり、僕のキチガイ読書はさらにエスカレートしていったのである。

 

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いじめに遭ったために高校入試と大学入試に苦労した

小学校、中学校といじめに遭っていた。

これは成績がよくて顔が美しいというのが原因であり、中学の途中までは普通の(?)陰湿ないやがらせだったのが、あるとき授業中に一人のキチガイが、僕の悪口を大声でわめき出した。中学校では声の大きいやつが支配者である。それから他の生徒たちも公然と追従するようになって、僕は学校中の嫌われ者というか、この世の絶対悪ということになった。

そこは田舎の町であって、全員が同じ公立高校に進学するという不文律があった。僕はそんな馬鹿どもと同じ高校に行くのはまっぴらだったので、他の市にある高校を受けることにした。一応は通学区域内なのだが事実上の越境入学である。だから一流の高校を受けることはできず、偏差値でいえば第二流の学校に入学することとなった。

もっとも、その後の少子化で流れが変わって、今ではわが母校はかなりの一流進学校に変貌しているらしい。

 

初日に登校してみると、いきなり正門のところで番長みたいなのに胸ぐらをつかまれた。一瞬殴られるのかと思ったのだが、そいつは僕の顔をしげしげと眺めて、

「なんだこの野郎、きれいな顔しやがって。おーい、みんな来てみろ! 斉藤由貴みたいな顔した男がいるぞ!

と怒鳴ったので、黒山の人だかりができてしまった。最初の印象というのは大事なもので、それ以来、僕は上級生の女子たちからちやほやされることになった(笑)。

 

高校では周囲とレベルが違いすぎるので、逆にかなり苦労した。なるべく目立たないように、定期試験では穏便に85点くらい取るように心がけていたのだが、他の連中が絶望的にできないので、結果的に一人だけ合格点、なんてことになってしまう。

地方の二流校の教師には、受験に関する知識などは皆無といってよい。彼らの認識では地元国立大が最高の大学であり、それ以上のレベルのところは想像にも上らないのだ。僕の志望校は有名私立だったが、「うちから進学した前例がない」などと言って全く相手にしてももらえなかった。前例が受験するのではなく、僕個人が受けるのだが。

それに、国公立と私立では、受験科目も違えば出題傾向も学校ごとに違うのである。近年では地方の国立よりも名の通った私立のほうが、偏差値ははるかに高くなっている。その程度の知識もない、というか考えようともしていないのだから話にならない。

しかも、学校では一番簡単な旺文社模試しか実施していないのである。僕は学校でやっている補習授業も模試も無視して、勝手に駿台や代ゼミの模試を一人で受けに行っていた。

 

結果的には、好き勝手ばかりやってかなり目立っていたわけだが、高校ではいじめに遭うことがなかったのは幸いだった。二流校とはいえ一応進学校なので、それほど極端な馬鹿がいなかったためだろう。

 

 

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故障したPCからデータを救出する大作戦

三年前にネット通販で中古PCを購入した。

NECのMATEという機種で、学校や官公庁で大量に購入して、型が古くなると中古市場に流れてくるという、いわば定番の量産型パソコンである。僕が買ったのも、おそらくはどこかの中学校の視聴覚教室あたりに置かれたまま、あまり使用されずに廃物となったものではないかと思う。

要するに何の変哲もないビジネスPCであり、Windows以外何もインストールされてないという無味乾燥さがなかなかいい。これにちょっとしたグラフィックボードを乗せ、コントローラーを繋いでゲーム機として楽しんでいたのだが、やはりもともとがビジネス用のスリム機であるから、かなり無理があったようだ。

 

使用一年後あたりから、冬場になると起動時にブルースクリーンが頻発するようになり、CPUファンにちょっとでも埃がたまるとシャットダウン。つまりは、もともとギリチョンだった電源パワーが、寒くてテンションが落ちると途端に深刻な電力不足を招くようになったのである。

そんなこんなで、内部を掃除してファンに油を差して、騙しながら三年がんばったのだけど、このたびWindowsが破損して起動できなくなり、修復セットアップも不可という状況に相成った。壊れるのは仕方ないとして、HD内部には大事なファイルが百Gくらい残っているので、これを何とか救出しなくてはならない。

 

nec-mate

死亡したMATE先生(同型機)

 

考えられる手としては、HDにUSB変換ケーブルを繋ぎ、ノートPCで中身を吸い出すという方法がある。これは簡単といえば簡単なんだが、ケーブルが1500円くらいするので、わざわざ買うのももったいないんだな(セコいけど)。

もうひとつの手段は、Linuxで起動して中身をUSBメモリにコピーしちゃうという手である。これなら今すぐ試せるぞってんで、DVDドライブからubuntuで起動してみると、見事に成功した。結局、電力不足でWindowsのファイルやドライバを読み込めないのが原因みたいなので、パワーを必要としないLinuxならば当面は大丈夫みたいである。

しかしUSBメモリは16Gのやつしか手持ちがないし、USB2.0しか使えないのでコピースピードはやたらに遅い。これをノートPCに再度コピーして、順次DVD-Rに焼いて保存していく。いわばこのバケツリレー作戦によって、HD内に残ったデータをサルベージしようという作戦。今回は時間がなくて一回分しか移せなかったので、まだ80G以上が取り残されている。PCが完全死亡する前に、なんとかバケツリレーを完走したいものだ。

 

 

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SF小説に熱中していた頃の思い出

一年ほど前から自炊をやっている。

といっても食事を作っているのではなくて、ドキュメントスキャナを使って本をスキャンしてデジタル化しているのである。

とにかく子供の頃から本キチガイなので、家の中には無茶苦茶な数の本が転がっている。まずは手はじめに、小さい頃から熱中していたSFの文庫をデジタル化しようと思ったのだが、これが軽く千冊以上はあるのだ。ヘボいスキャナなので一日一冊ペースが限界であり、焼け石に水とはまさにこのことなのだが……。

 

一番最初に読んだSF小説は、筒井康隆の「時をかける少女」だった。幼稚園か小1のときだったと思う。まだ漢字はそれほど読めなかった気がするのだが、とにかく本を読むのが好きだったのだ。

ちょうどNHKの少年ドラマシリーズで「タイム・トラベラー」を放送していて、姉が原作本を買ってきたのである。鶴書房のSFベストセラーズ版。それから鶴書房のシリーズとか、黄色い背表紙の秋元文庫なんかの国内作家によるジュヴナイルを追いかけて読むようになった。小学校の頃はこういう調子だったので、図書室に置いてあるような子供向けの抄訳SFは全然読んでない。

角川文庫がブームになったのが小6くらいの時で、それから国内ジュヴナイルもどんどん角川から出るようになった。眉村卓の「なぞの転校生」「ねらわれた学園」はその代表作だが、僕は「天才はつくられる」という作品が特に好きである。それから光瀬龍の「夕ばえ作戦」「明日への追跡」も忘れられない名作だ。

当時は有名なSF作家がこぞってジュヴナイルを書いていた。これは子供が多くて学年誌が全盛だったからだろう。その中でも、眉村卓と光瀬龍は学校生活の描写にリアリティがあり、登場する少女がかわいらしく生き生きしているので好きだった。どうでもいい話だが、のちに僕は「夕ばえ作戦」の舞台になった町内に引っ越して、そこで十数年間をすごすことになったのである。

 

そういったSF小僧だった僕であるが、実態はまだ小学生のガキであり、他の子供たちとは趣味趣向が大きく異なっていたと言わざるをえない。本屋で文庫本を買おうとしたら、店のおやじが「子供がこんな本を読むわけがないだろう、ふざけるな」と言ってなかなか売ってくれないのが悩みであった。

さて、そうやってSFジュヴナイルに熱中していた僕であったが、成績抜群で顔も美しかったせいか、学校では一貫していじめに遭いつづけていたのである。中学生になるといじめがさらにエスカレートして、ほとんどこの世における絶対悪みたいな扱いを受けるようになった。そんなこんなで、たいてい学校が舞台となっている国内ジュヴナイルを読むのがいやになってしまったのだ。

僕は13歳くらいで国内SFと完全に縁を断ち切って、それ以後はもっぱら翻訳ものだけを読むようになった。だから、僕の中では当時新進だった山田正紀や横田純彌といった人たちが、いまだに「若手」として認識されているのだ。

 

 

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