ひきこもりが英語多読を思いたったのである

SFマニアが高じて原書ペーパーバックを読むようになり、その結果として読解力の針が振り切れて大学受験まで突破してしまった、というのが前の記事に書いたお話であった。

以前は一般向けのペーパーバックもスイスイ読めていたのだが、久しぶりに開いてみると、もう全然わけがわからない。学力低下もはなはだしい状態であって、これではいけないと思い、再び英語多読をやって読解力をアップさせようと(無謀にも)思い立ったのだった。

 

ようするに、簡単なものを読んで足ならししながら、だんだん難しいものにレベルを上げていけばよいのだ。語彙としては中学終了時に1000語、センター試験レベルで3000語といったところだろう。3000語くらい頭にしっかり入れば、「不思議の国のアリス」や「オズの魔法使い」といったスタンダードな児童向け作品が普通に読める。「ドリトル先生」あたりもわりと読みやすかったような気がする。

さっき4000語で書かれた「シャーロック・ホームズ」というのをネットで見てきたんだが、これくらいになるとスイスイは読めない。引っかかりつつ訳しながら読めばなんとかなる、という感じで、これでは読書ということにはならない。意識せずにさっと読めなければ意味がないのである。

 

こうした段階を踏んでの多読用にgraded readersというペーパーバックのシリーズが出ていて、アマゾンで検索すれば数えきれないくらい出てくるわけだが、こういうのはページが少ないわりにバカ高いのだな。金に糸目をつけない人はそれでいいのだが、ワシはタダでやりたいのだー(声・雨森雅司)。というわけで、手持ちのテキストとかネットで拾ってきたものとか、いろいろ雑多なものを織り交ぜてやってみることにした。

まず高校時代に集めたもので、日栄社のリーディング・シリーズから「宝島」「ロビン・フッドの冒険」(1000語程度)、「不思議の国のアリス」(2000語程度)、今はなきYOHANの「オー・ヘンリー作品集」(1000語)、「80日間世界一周」(2000語)というのが出てきた。洋書はYOHANでおなじみ(なのか?)の日本洋書販売配給なんて、数年前に倒産しちゃったもんね。確か青山ブックセンターが関連会社だったような気がする。まあどうでもいいけど。

「不思議の国のアリス」といえば、開文社の英米文学訳注叢書というのがあって、これは懐かしい黄色い背表紙のやつ、やはり高校時代に愛読していた。初版は昭和29年発行というから、これは古いシリーズである。……と思って開文社のHPを見てみると、同じものが現在も発売されているではないか(さすがに装丁は新しくなっているけど)。

この辺のものをダラダラ読んで、3000語の壁を突破すれば、児童文学はかなり自由自在に読めるようになるだろう。

 

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引きこもりながら英語力を鍛えるのだ

当サイトでは、引きこもりから脱出しようなどとは毛頭考えていない。僕自身が外出するのがかなり辛いからである。

ただ、引きこもりであっても周囲からとやかく言われることなく、できれば偉そうな顔して(笑)生きる方法を模索しようと主張しているにすぎない。そのためには、財力と学力を蓄えることである。お金と知性のある者を馬鹿にできるやつは、そうそういるものではないので。

 

というわけで、話は英語である。僕は大学受験までは、英語はまあ得意科目だった。まがりなりにも有名私大の文学部に受かるくらいの学力はあったのである。しかし、過去記事にもちょっと書いたけどまともに受験勉強してないので、その学力がかなりいびつなのだな。長文読解力だけはやたらあるのだが、単語や文法の暗記は全くやったことがない。

どうしてこういうことになったかというと、中学時代にいじめに遭っていたというのが大きな原因なのだ。学校が主な舞台であるSFジュヴナイルを読むのが心底いやになって、翻訳SFにのめり込むようになり、さらには原書に手を出して輸入物ペーパーバックを集めだした……というところに、僕の英語力の全てがあったと言っても過言ではない。

 

詳しいことは言えないのだけど、僕の故郷は某・うどん県である(詳しく言うとる)。ここの県庁所在地であるT市の町の中に、全国展開しているM書店の本店があるわけだな。地元の人にしか分からないローカルな話なんだが、このM書店本店の新館が、今は地上8階だかの立派なビルになっている。

僕が高校生だった頃、新館なるものが初めて開業したのであった。当時は倉庫を改造しただけの、一部で「リカちゃんハウス」と呼ばれていた殺風景な平屋建てだった。ここには全集本とかマイナーな雑誌、さらにはちょっとエロな雑誌など、あまり売れそうにないものが放り込まれていて、そのアングラな感じがなかなか好きだったのである。

 

この平屋建て時代の新館に、ほんのちょっとだけどペーパーバックを置いてあったのだな。最近見かけなくなったが、くるくる回るタイプのツリー型のスタンドに飾ってあった。たいていイギリス版のペンギンブックスか何かで、ディケンズ、モーム、マーク・トゥエインとかの古典作品ばかりなんだが、アシモフやハインラインの有名SF小説も並ぶことがあった。ここで「ファウンデーション」も「夏への扉」も買ったのだから、まさに僕の原点みたいな場所である。

それから、大作のSF映画が公開されると、それに便乗して原作本が一冊くらい、片田舎の町にも入ってくるのがおかしかった。当時だと「ブレードランナー」とか「砂の惑星」なんかが印象に残っている。

その頃は洋書を注文するなど思いもよらなかったので(田舎の本屋で注文しても要領を得なかっただろう)、そうやってぽつりぽつりとペーパーバックを手に入れていくのが精一杯だったのである。初めて東京へ行ったとき、洋書ばかりを扱っている本屋があると知って驚愕したものだ。神保町の北沢書店を訪れた時の気絶的な感動は、今なお言葉では語りつくせないものだ。

 

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受験勉強してないのに大学に受かったのだ

僕は偏差値でいえば二流の高校に行っていた。その理由は過去記事にも書いたが、要するに中学でいじめに遭っていたために越境入学するしかなかったからである。

高校では他の生徒や教師とはレベルが全く合わず、志望校である有名私立大を受けるのに苦労した。地方の公立高校では、ちょっと成績がいいと地元国立大に進むことが決まりのようになっているからだ。また、受験に関する情報にも乏しくて、私立は馬鹿が行くものと決めてかかっている。実際、地元国立だと偏差値は58くらいだが、僕の志望校は70以上の勝負であって、全然世界が違うのだが。

 

周囲に合わせていては泥沼にはまるばかりなので、学校の補習も模試も完全無視して、自分で勝手に駿台や代ゼミの模試を受けに行くしかなかった。

といっても、セオリーどおりに受験勉強していたわけでは全くなくて、結果的に自己流の無茶苦茶な偏差値上げをやっていたのである。だが、これが逆によかった。田舎で普通に勉強していたのでは、都市部のライバルにはとても太刀打ちできない。それに、当時の僕にはセオリーもなかった(笑)

 

さて、僕が受験したのはとある私立大の文学部である。

受験科目は国語・英語・社会(日本史か世界史)の三科目。そのうち、国語は得意中の得意で、下手すれば模試で全国上位に入るくらいだったから、特に勉強する必要はなかった。社会は日本史を選択したのだが、前記事に書いたように中学時代にいじめの影響で読書に逃避して、司馬遼太郎のほぼ全作品を一気読みしたために日本史おたくになっており、高校レベルの試験では知っていることしか出題されないので、これまた勉強する必要はなかった。

問題は英語である。これは得意でもあり苦手でもあるという感じ。学校の定期試験くらいでは90点以上普通に取れるのだが、単語や構文の暗記とか、文法とかいった、受験生のセオリーと言うべき勉強は全くやっていない。ただし、キチガイ読書の流れでSF原書を読むようになっていて、長文読解力だけは異常にすぐれている。

普通に受験すると英語がネックになってしまうのだが、僕の受けた学部はちょっと変わっていて、5ページほどの長文を読んで問いに答えるという形式、いわゆる「超長文問題」が特徴となっていた。つまりは細かい単語も文法も無関係であって、読解力だけの勝負ってことであり、こうなれば僕の独壇場である。

 

というわけで、気がつくと全く受験勉強せずに有名私大に余裕で合格するという、訳の分からないレベルに到達していたのである。しかも僕が受ける前年に科目が変更になり、国語が廃止されて小論文になった。小論文は国語以上に得意中の得意である(笑)。

実際受けに行ってみると、小論文の課題は谷川俊太郎の詩論「世界へ!」の一文であった。受験生のほとんどは詩など読んだことないだろうし、谷川俊太郎になじみもないだろうから、これはのちに語り草になるくらいの難問ということになった。ところが、この「世界へ!」は僕の高校時代のバイブル的な本のひとつだったのである。あんな楽しい小論文は後にも先にもなかったな。

 

 

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いじめに遭ったために高校入試と大学入試に苦労した

小学校、中学校といじめに遭っていた。

これは成績がよくて顔が美しいというのが原因であり、中学の途中までは普通の(?)陰湿ないやがらせだったのが、あるとき授業中に一人のキチガイが、僕の悪口を大声でわめき出した。中学校では声の大きいやつが支配者である。それから他の生徒たちも公然と追従するようになって、僕は学校中の嫌われ者というか、この世の絶対悪ということになった。

そこは田舎の町であって、全員が同じ公立高校に進学するという不文律があった。僕はそんな馬鹿どもと同じ高校に行くのはまっぴらだったので、他の市にある高校を受けることにした。一応は通学区域内なのだが事実上の越境入学である。だから一流の高校を受けることはできず、偏差値でいえば第二流の学校に入学することとなった。

もっとも、その後の少子化で流れが変わって、今ではわが母校はかなりの一流進学校に変貌しているらしい。

 

初日に登校してみると、いきなり正門のところで番長みたいなのに胸ぐらをつかまれた。一瞬殴られるのかと思ったのだが、そいつは僕の顔をしげしげと眺めて、

「なんだこの野郎、きれいな顔しやがって。おーい、みんな来てみろ! 斉藤由貴みたいな顔した男がいるぞ!

と怒鳴ったので、黒山の人だかりができてしまった。最初の印象というのは大事なもので、それ以来、僕は上級生の女子たちからちやほやされることになった(笑)。

 

高校では周囲とレベルが違いすぎるので、逆にかなり苦労した。なるべく目立たないように、定期試験では穏便に85点くらい取るように心がけていたのだが、他の連中が絶望的にできないので、結果的に一人だけ合格点、なんてことになってしまう。

地方の二流校の教師には、受験に関する知識などは皆無といってよい。彼らの認識では地元国立大が最高の大学であり、それ以上のレベルのところは想像にも上らないのだ。僕の志望校は有名私立だったが、「うちから進学した前例がない」などと言って全く相手にしてももらえなかった。前例が受験するのではなく、僕個人が受けるのだが。

それに、国公立と私立では、受験科目も違えば出題傾向も学校ごとに違うのである。近年では地方の国立よりも名の通った私立のほうが、偏差値ははるかに高くなっている。その程度の知識もない、というか考えようともしていないのだから話にならない。

しかも、学校では一番簡単な旺文社模試しか実施していないのである。僕は学校でやっている補習授業も模試も無視して、勝手に駿台や代ゼミの模試を一人で受けに行っていた。

 

結果的には、好き勝手ばかりやってかなり目立っていたわけだが、高校ではいじめに遭うことがなかったのは幸いだった。二流校とはいえ一応進学校なので、それほど極端な馬鹿がいなかったためだろう。

 

 

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引きこもりが大学受験を目指す方法について考えよう

引きこもり生活をしていて一番困るのは、周囲から軽く見られて馬鹿にされることである。

こういう状況を打破する簡単な方法はないのだろうか、と常々考えているのだが、簡単かどうかは分からないけどずばり二つのことが思い浮かんだ。ようするに、お金を稼いで教養を身につければよい。人間、お金と教養のある他人をおいそれと軽く扱うことはできないものである。

 

というわけで、当サイトでは若い引きこもり経験者の読者ちゃん……特に高校時代に不登校になった人や高校中退のみなさんに対して、あえて大学受験に挑戦することをお勧めしている。

勉強するのが何より嫌いだとか、文字を見れば頭が痛くなる、といった根本的に無理のある人には勧めないけれど、そういう人はそもそもネットでこんなサイトは見ないだろうと思うので。まずは中学校までの学習内容が一応頭に入っているという、普通程度以上の学力があるものとして話を進めよう。

 

あなたが地方に住む若人(古いね)だとすれば、まず地方国公立大学が選択肢に入ってくると思う。おそらく周囲の大人に相談したら真っ先に地元国立大の名前が出るであろう。実際、普通の地方国公立大学は偏差値で言えば57か58くらいであって、わりと勉強のできる高校生が三年間きっちり授業を受けていれば、合格するのは難しくないのだ。

だが国公立の受験にはセンター試験と二次試験があって、科目数が多いうえに広く浅くが要求される(まあ、二次は面接とか小論文だけというところもあるが)。だから不登校や引きこもり経験者には、物理的に時間が足りないのである。

僕はむしろ、名の通った私立大学を目指す方がむしろ容易ではないかと考えている。それも受かればどこでもいいというのではなくて、偏差値60程度から上のところを目指さなくては、引きこもりの汚名(?)を払拭するという主旨に沿わないわけである。これはちょっと考えると無謀なようにも思われるのだけど、セオリーにしたがって最短距離でやれば、3科目(国語・英語・社会)ならば一年くらいで偏差値60に仕上げることは可能だと考える。

 

もっとも、高校の教育カリキュラムというのはよくできていて、広く浅くにもそれなりに意味があるのだ。よく「高校時代に習ったことは何の役にも立たない」と言う向きがあるけれど、そんなことはない。勉強の仕方や思考の仕方の基礎を習っているのである。

だから私大向けに3科目詰め込みをやった場合、知識としてはかなりいびつなことになり、大学入学後の教養課程でやや苦労することになるかも知れない。僕自身、大学受験の時には、3科目に関しては偏差値70以上はあったのだが、いわゆる普通の受験勉強をやらずに、今から思えば強引な偏差値上げをやってきたのである。

次回から、僕がどういう無茶な勉強法をやっていたかをご紹介しつつ、良い子は真似をしないでね!という話をいろいろしていきたいと思う。ではまたー。

 

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