いじめに対処する方法を教えよう

夏休みは学校に行かなくていいのだが、当然ながら夏休みが終わるとまた登校しなくてはいけない。僕はバイキン扱いされていたので、夏休み明けにグループ分けとか席替えがあると、バイキンの引き取り手がなくてひと悶着起きてしまう。というか、二学期初日は、僕の近くの席に座らないためのジャンケン大会で一日終わってしまうのだった。

親からはいつも「上の学校に上がればいじめはなくなるから、今は我慢して登校しろ」と言われていた。しかし、いじめはなくなるどころかエスカレートして、なんと大学に入ってもまだいじめに遭っていたのである。結局、どこにでも声が大きいだけのボスみたいなのがいて、その取り巻きが数人おり、その他大勢は言いなりになって流されるということらしい。

 

もっとも、大学生になる頃には、僕はかなり屈強で気が強くなっていた。相当に頭がおかしくなっていたと言ってもよく、馬鹿なやつらとやり合うために登校しているようなものだった(それが馬鹿らしくなったのが、大学をやめた一因であったようだ)。

毎日、ノートを隠されたり、鍵をかけられて教室に入れなかったり、小学生なみの嫌がらせを受けつづけていたのだが、これに対処するコツは、その場で倍返しすることだと悟った。講義中に立ち上がって、馬鹿の教科書をビリビリに破いたり、背中にペットボトルを逆さまに突っ込んだりして、律儀に反撃していたら確かにいじめはなくなったのである。そのかわり、誰も僕に話しかける者はなく、教室では一人だけ離れた席に遠巻きにされて座ることになったのだが。

 

とはいっても、中学校くらいの年齢で、その場で倍返しというのは難しいだろうと思うのだ。相手は馬鹿な上に声が大きく、いじめに遭う側はおとなしい場合が多いからね。といって、誰が助けてくれるわけでもないので、自分で身を守る方法を考えなくてはいけない。

まずひとつの手としては、成績抜群になること。これは僕自身、成績抜群だったから経験上よくわかる。これでいじめがなくなるわけではないが、少なくとも成績に関しては誰もが尊敬するようになるので、暴力を受けることはなくなるだろう。そのかわり、嫉妬から悪口を言われることは多くなってしまうが、まあ図式としては完全に「負け犬の遠吠え」である。

 

暴力を受けているというお友達は、身体を鍛えるというのが有効な手である。十代ならばちょっと筋トレをやれば筋骨隆々になるので、そういう屈強な者を相手に手出しするやつは、まず皆無と言っていい。近くに公共のスポーツ施設とか町道場があれば、柔道をやるのもいい方法である。初段くらいになれば、相手のガキの動きなどはスローモーションに見えるので、腹が立ったらちょっと腕をねじり上げて、軽く痛めつけてやれば、あとは静かになるだろう。

いじめに関しては、誰か他人に頼るという気持ちは一切捨てることだ。絶対に誰も助けてはくれないし、教師は自分の保身以外のことは何も考えていない。違法なことや理屈に合わないことが平気で通用するのが、学校という場所なのである。そこで身を守るためには、馬鹿なやつらを上回るエネルギーを持って戦う以外にないのだ。

 

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真夏の記憶と学生下宿

昨日から猛暑になってきたが、こっちは外出するわけでもないし一日中冷房の中にいるので、むしろ快適である。こうなると、アイスやビールがうまいので夏が来るのは歓迎といった思いが強い。

しかし学生時代(とそのあとの十数年間)は、真夏といえば命の危険を感じるというほどひどいものだった。普通の民家の二階を貸しているという、昔ながらの学生下宿に住んでいて、そういうところには冷房などないのだ。もちろん、その当時でもすでに、学生はお洒落なアパートやマンションに住むのが普通になっていたんだが、だからこそ逆に、古いタイプの下宿は格安の値段で借りることができる。

僕は十年くらい体調が悪くて、ほとんど物が食べられなかったのだが、それでも塾の先生とか家庭教師のバイトには、どうにか這って(?)行っていた。しかし、そのうち数年間は本当に起き上がることも難しく、どうにもならんので酷暑の二階で終日ひっくり返っているしかなく、テレビをつけて「夏休み子ども劇場」とかいう、仮面ライダーとウルトラマン(それぞれ初代である)の再放送を延々と眺めているのが、真夏の記憶なのだった。

 

ところで、僕は体調が悪くなって大学をやめたと記憶していたのだが、どうもその前から学校が嫌になって、実質的に行くのをやめてしまったようだ(もうあまり覚えてないのだが)。その時期はまだ元気で、二十歳かそこいらだから疲れ知らずであって、炎天下をどれだけ歩き回っても平気だったのである。

下宿は東横線の日吉から奥に入った住宅地にあって、大学は駅の向こう側なのだが、下手にそっちへ行くと教授と顔を合わせたりしてマズいので、反対側の綱島へ遊びに行く。綱島は古い歓楽街でまだヤバい感じも残っていた。しかしその前年あたりにイトーヨーカドーが出店して、その周囲がショッピングセンターみたいになってから急速に垢抜けてきたようである。綱島映画で二本立て六百円というのを見るか、川沿いを歩いたりしてブラブラとすごすのがなかなか気持ちよかった。

夏休みになると、人が少なくなった大学の構内を散歩するのが日課だった。といっても大学の校舎の方に行くと関係者がいて具合が悪いから(こればっかりだな)、なるべく人のいない方へ足を向ける。大学は小高い丘の上にあって森の緑に包まれていて、奥の方に入ると古墳のあととか、戦時中の臨時司令部の遺跡とか、わけの分からないものがあって混沌としている。ちょっと広いところに出たと思えば、自動車部なんてのがオンボロ車を走らせて遊んでいたりする。

 

たいていは、同じ敷地内にある付属高校あたりの木陰で、夕方まで読書していることが多かった。ときどき高校生の運動部員が通りかかるが、こっちが大学生なのは分かっているので、邪魔だと思っても何も言わないのがおかしかった。

この高校は有名校なので、応援団の活動ぶりなんかがたまにテレビのニュースで出ることがある。何気なくテレビを見ていると、当時僕がよくブラブラ歩いていた鬱蒼たる緑の木立ちが、突然目に飛び込んできて、数十年前にタイムスリップするようで実に妙な気持ちになるのだ。何の意味もないくだらない記憶ではあるんだが、ふと胸がキュンとなったりする。

 

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ひきこもり・ニートなりの人生設計

ひきこもり、ニートで困るのは、周囲から不当にバカにされることである。僕は学歴でいえば大学中退なんだが、偏差値だけは無駄に高いので自分が馬鹿だと思ったことはないのだけど、あるとき親戚の者が手伝いに来いと言うから行ってみたら、「おまえは教養のない馬鹿だから肉体労働をやれ」とほざくのだ。ひきこもりやニートの者が無理に形だけ社会復帰(?)しようとすると、足元を見られてこき使われるだけなので、いっそのこと相手にしないでひきこもっていた方が得策のような気がする。

ひきこもり・ニートに限った話ではなく、日本の社会では一回レールから外れると、まともに組織内で出世することが不可能になってしまうのだ。といって、肉体労働や日銭稼ぎのバイトで、周りから馬鹿にされて生きるのはそれこそ馬鹿らしい。ここはやはり、一攫千金ではないけど一発逆転を狙って、少なくとも周囲から尊敬される一国一城の主としての地位を築きたいものだ。そのためには、漠然と毎日を暮らすのではなくて、しっかり設計図を描くことが大事だと言いたいわけである。

 

それで、結局のところ話は当サイトのテーマに落ち着くわけだ。すなわち、ひきこもり・ニートであっても知性と財力を身につけて、誰からも文句を言われない人生を送ろう、と主張したい。そのための大学再挑戦でありアフィリエイトなのである。

勉強もネットビジネスもそうなのだが、一番の問題は三日坊主に終わって長続きしないことにある。たいていのことは習慣的に続けていきさえすれば格好がついてくるのであって、どうやって習慣づけるかというところが、唯一の問題と言っていい。そもそもが、学校や仕事に行く習慣がつかないからひきこもりになっているわけでね。

ここで声を大にして言いたいのだが、勉強というのは一年間でどれだけやれるか、というのを最低単位として考えないとダメである。試験の前に徹夜で勉強して、その結果何点取れた、なんてことをやっているようでは進歩がない。一夜漬け勉強は言ってみれば前日にやるカンニングであって、それでは本当の実力はつかないし、点数も実力を全く反映していないし、要するに何の意味もないのである。

 

例えば、英語の本を朝起きて2ページ、夜寝る前に2ページ読むという習慣をつけたとしよう(これは僕自身の習慣である)。一日に4ページというのは微々たるものかも知れないが、それに365日をかければ、一年トータルで1460ページになる。高校の英語の教科書はせいぜい100ページくらいのものであり、年間1460ページもの英文を読む高校生はほとんどいないだろうから、それだけで英語の成績は軽く抜きん出てしまうに違いない。これはどんな科目にも、社会人の資格試験の場合にも言えることだ。

目指すところを具体的に決め、次にどのような勉強をするかを決めて、それを毎日欠かさず習慣的に実行していく。ただそれだけで大抵のことは成し遂げられるし、自由な時間のあるひきこもり・ニートの方が、この場合は有利であるとも言えるだろう。寝る前の歯磨きみたいに、やらないと気持ち悪いという域に達すれば、途中で挫折することもなくなるのだ。

 

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ひきこもりでも大抵のことはやり遂げられる

僕は読書好きなので、嬉々として読書関係の記事を書くのだが、実際のところそういう記事は若い人には受けないのだな。当サイトでいえば「勉強しないで大学に受かった」という話ばかり読まれているようだ。大学生の大多数が月に一冊も本を読まない、なんて話を聞くことがあって、本当かよ?と思ってしまうのだが、読書好きの若者が少数派であるのは確かなのだろう。

映画やアニメ、漫画、ゲームもいいけれど、これだけでは視覚情報に偏りすぎているし、思考・思索という意味ではまったく踏み込みが浅いと言うしかない。特に当サイトのテーマはひきこもりによる勉強とネットビジネスであるから、活字から情報をインプットすることはやはり基本中の基本なのである。だからといって、「世界の歴史」を全巻一気読みしたり、ドストエフスキーだトルストイだと気絶的な大長編の話ばかり喜んで記事にしても、これは今どきの若い読者ちゃんに受けるわけがないのであった。(でも懲りずに書くんだけど)

 

話は飛ぶんだが、僕は「がんばる」という言葉が嫌いである。がんばるというのは一点に集中して異常な力を出すことであって、そのあとは反動でぐったりと疲れてしまうのだ。一日だけ一生懸命勉強しても、あとが続かなければ何の意味もない。継続して物事をやるためのコツは、実は「がんばらない」ことなのである。何事もダラダラと、毎日惰性でやるのが一番だ。ということを老境(?)にさしかかってようやく知ったわけである。ちょっと遅かったような気がするが……。orz

たとえば、千ページもある分厚い本を読めと言われたらいやになるだろうが、毎日十ページずつ休まずに読めば、百日たてば嫌でも最後のページまで達してしまうのだ。いくら本を読むのが苦手だといっても、十ページくらいは読めるだろう(それも読めないというやつが、こんな文字だらけのブログを見に来るとは思えない)。世の中のあらゆる物事は、これと同じく、何も考えずに進む一歩一歩の積み重ねにすぎないのだ。これは勉強にもネットビジネスにも当てはまることで、一日に惰性でやる作業量は微々たるものであっても、それに365日をかければ膨大なものになる。幸いにして(?)ひきこもりには時間だけはあるから、がんばらずにダラダラ続けさえすれば、たいていのことは必ずやり遂げられるのである。

 

僕がそのことに気がついたのは、おっさんになってからのことだった。若い頃からそういう姿勢ならよかったんだけどね。生来が怠け者なので、つい「今日は面倒だから明日からやろう」と思ってしまう。だが、昨日から見れば今がまさに明日なわけで、そう思った時が始める時だと思って、条件反射的にダラダラと作業をやり始めることにしている。というか、そういうふうに習慣づけているのだ。こういうところは、中年になってかなり人が変わったと思っている。

受験勉強もネットビジネスも、ひとつの教材(参考書)を最初から最後までやり抜くことが基本だ。その意味では、分厚い本を毎日少しずつ読んで、最後まで読み通すというのはトレーニングとしてちょうどいいのではないかと思う。コツはとにかく「がんばらない」こと。適当にいいかげんに、ダラダラと毎日継続することである。

 

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コンバース 免許更新 ひきこもり

ひきこもりなのでそんなに外に出ることもなく、かなり長いことダンロップのスニーカーを履いていた。破れたりしないかぎり買い換えることもないので、いかにもダサいけどまあいいや、という感じだったのである。しかしだんだん薄汚れてくるとさすがに情けなく、たまにはお洒落な靴にしようと思って、コンバースのオールスターを買った。おっさんが今さらコンバースでもないんだが、僕は外見が18歳くらいにしか見えないので、何を履こうが何を着ようが違和感というものはないのだ。

久々にコンバースを履いて悦に入ってはみたものの、これは運動靴ではないので、歩きやすさは考慮されてない。はっきり言うと底がぺったんこで、しばらく歩いていると腰や肩、脳天にまで衝撃が響いてくる(年齢のせいもあるんだけど)。これでは10分くらい歩いて酒を買いに行くのもキツく、アマゾンでインソール(中敷き)なるものを買って応急処置を施した。

 

これで普通に歩けるだろうと思って、昨日は免許センターへ免許の更新に行ってきた。免許センターはうちからは中途半端な位置にあって、電車の駅から徒歩20分以上かかる。パニック障害を克服して電車はかなりOKになったが、バスに乗るのは辛いので、歩いていく以外に方法がない。というかペーパードライバーなのが一番の問題であって、免許センターに毎回のこのこと徒歩で来ているやつは僕だけなんだろうけどね。

でも、まあ以前は毎日これくらいの距離は歩いていたので、大丈夫だろうと思っていたら、途中から足が痛くてなかなか進まなくなってしまった。インソールで足の裏への衝撃は軽減されたんだが、そのぶん靴自体がきつくなってしまい、もともとコンバースは先が細くなっているので、足の指がこすれていっぺんにマメができて潰れてしまったらしい。帰ってから靴を脱いだら、両足ともに靴下の先が血まみれになってんの(キャーッ)。

 

さて、免許の更新といえば、最初の頃は戸惑って右往左往していたもんだが、回数を重ねると凄いスピードで無意識のうちに済ませてしまっている感じ。ペーパードライバーだから当然、無事故無違反のゴールド免許であって、講習も三十分で終了である。このゴールド免許講習は本当にいいかげんで、どうでもいいビデオを流して終了なので、ちょっと唖然としてしまう。一応金を払っているんだから、もうちょっと内容のあることをやってほしいものだ。早く終わるのは助かるけど。

これを読んでいるひきこもりの読者ちゃんにひとこと言いたいのは、運転しないまでも免許は取っておけ、ということだ。免許を持ってないときには、身分証明書がなくて本当に苦労した。レンタルビデオ(まだDVDはなかった)も借りられなくて、AVが見られないので生命の危機を感じた(笑)。教習所に通う苦労は相当なもんだけど、免許を取っただけのメリットは確かにあるよ。

 

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