巨人はなぜ広島に勝てないか 昭和世代の野次馬的考察

まず最初にお断りしておきますが、僕はV9時代以来の熱狂的な巨人ファンであって、今なお「巨人が負けると飯がマズい」と本気で考えている昭和の遺物的なおっさんである。一番嫌いなのは巨人のことをわざと「読売」などと言いたがるゆとりで、あとキャッチャーのブロック禁止などという女々しいルール変更には正直吐き気を催しておる。リクエスト?なにそれ美味しいの?てなもんである。まあそういう老害の妄言・珍説の一種だと思っていただきたいのであって、あんまり真面目に読まれても困るのである。というのが今回の注意書きだ。ではいってみよう。

 

スピードガンのもたらした弊害について

唐突ではあるのだが、巨人云々の話の前提としてスピードガンについての老害的な苦言を呈しておきたい。最近はとにかく高校野球などでも何キロ出たとかいって大騒ぎしており、昔に比べてやたらスピード表示が出ているので、単純に野球のレベルが高くなったとか言ってV9時代を馬鹿にするゆとりが多いようである。だがちょっと待ってほしい。記録が日々進歩するのはいいとしても、たとえば百メートル走の場合は五十年で2%程度しかタイムが伸びてないのである。ましてや18.44メートルという短い距離のボール投げの話だ。十年や二十年で10%も20%も球速が増すなどということがあるかないか、常識で考えれば分かりそうなものであろう。

ではなぜスピードガンの数字ばかりが伸びるのだろうか。それは第一に、数字が出やすい測り方をするノウハウが確立されたからである。特にテレビ局としては派手な数字が出た方が盛り上がるので、初速の一番速いところを狙って測っているのであり、そのあとの球の伸びとかキレに関しては全く考慮されてない。したがって、150とか160とか派手な数字ばかり出るわりには、何十年も野球を見ているおっさんとしては、それほどの速さを感じなくて首をかしげることになる。

第二番目に、投手がスピードガンと競争しているのである。本来は打者が打ちにくい球を投げるように工夫しなくてはいけないのに、その目的を忘れてひたすらスピードガンの数字が出る投げ方ばかり工夫している。その結果として、変に力を入れて投げる癖がついたために全体にコントロールが甘くなった。昔は針に糸を通すコントロールを武器とする投手がチームに一人は必ずいたものだが、そういうタイプの選手は影をひそめてしまった。さらにその結果、審判の質が低下して、きわどい球の見きわめがいいかげんになり、ストライクゾーンが極端に狭くなった。自然、ぎりぎりのコースで勝負することが難しくなって、投手ははっきりしたストライクでカウントを取ることを余儀なくされるようになったのである。ここまではあくまで前振りである(長いって)。

 

パリーグはセリーグに対してなぜ優位に立てるのか

毎年のセ・パ交流戦ではパリーグが圧倒的に勝ち越していて、その結果だけを見てパリーグの方がレベルが高いと決めつけるゆとりが多いようである。だが昭和のおっさんの見解は別にありまして、これはセ・パの野球の違いから来た結果であって、実はセ・リーグの方がレベルの高い野球をやっているせいなのである。セ・パの違いは何かと言えば、もちろん指名打者制のあるなしである。セリーグは投手が打席に入るので、そこでバントをすることが最初から決まっている。つまり、9番に回る前に無死か一死で一・二塁の形を作ることを目標としている。そのために早打ちを嫌って、待球作戦に出て四球を狙うことが最上の作戦とされる。つまり徹底した駆け引き野球だな。

一方のパリーグ側には待球という考えがそもそもないので、早いカウントから甘い球は振り回してくる傾向にある。セリーグの投手としては、カウントを整えてからウイニングショットで勝負が定石と考えているのだが、そこまで行く前に、本来は見送るはずの甘いカウント球をことごとく狙い打ちにされて面食らっている、というのが実情なのである。つまり、セリーグは詰め将棋みたいな細かい野球をやろうとしているのだが、何も考えてないパリーグ球団に無茶振りされて、勝負以前の段階で打たれているのだ。

もともと人気面で劣るパリーグが、少しでも盛り上げようとして導入したのが指名打者制であり二シーズン制であった。かつては遺恨試合(馴れ合いだったらしいが)の乱闘も名物だったよね。目指すところはお祭り野球であり、結果的に「打ちゃいいんでしょ、勝ちゃいいんでしょ」という大味な野球が大きな特色となったのである。その伝統が今も続いているのであり、ドラフトの際にもパワーのある投手や無茶振りする野手を指名する傾向にあるようで、そのことがさらに大味野球に拍車をかけているのだ。

 

打倒広島の秘策とは

結論から言うと、広島の野球はパリーグ野球のコピーである。前述したようにセリーグ伝統の野球は細かい駆け引き野球であり、その老舗であり最も洗練されたチームは巨人と言うことができる。広島は衣笠・山本浩二の主砲は別として、高橋慶・山崎・正田といった巧打者を並べて守りの野球で巨人に対抗するのがチームカラーであった。そして、老舗の巨人に一歩及ばないという状態が数十年続いたわけである。おそらくは、交流戦でパリーグと戦いっているうちにチーム構成の転換を思いついたのであろう。とにかく無茶振りするムラッ気のあるタイプの選手をずらっと並べて、カウントに関係なく甘い球は打つ、きわどい球は見送るという、大味なパリーグ野球をやりはじめた。あくまで細かい守りの野球をやろうとする巨人や阪神に対して、これが面白いようにはまったのである。

こういうチームは以前にも存在した。例えば昭和57年の中日であり、最たる例が昭和60年に日本一になった阪神であろう。しかし、広島のすごいところは、下位打線に至るまで全員が甘い球を振り回す方針を貫いているところだ。まさに「打ちゃいいんでしょ、勝ちゃいいんでしょ」の往年のパリーグ野球であり、その上で比較的投手力が安定しているので、結果としてバランスのいいチームになっている。これは本来の広島のチームカラーではないし、セリーグ野球としては邪道であると僕は勝手に思っている。本来ならばお約束として、礼儀として見送るはずのカウント球を無茶振りしてくるのだから、これはあまり品のいい野球ではない。ただ、それで洗練を目指す巨人野球に勝っているのもまた事実なのである。

巨人投手陣は長打を打たれまいとして外角低目を狙うのだが、前述のように全体にコントロールが甘いし審判の質も低いため、ことごとくボールと判定される。仕方なく真ん中でストライクを取りに行くと狙い打ちされる、という同じパターンで何年も続けてやられており、首脳陣はそれを小林捕手に責任転嫁しているのだからお話にならない。問題はリードや配球ではなくて、甘い球は打つ、きわどい球は見送るという単純きわまる広島打線の方針にある。次の試合では打たれまいとしてさらに外角攻めを徹底するので、結果的にますますカウントが苦しくなり、ストライクを取りに行って狙い打ちされる、という悪循環にはまっているのだ。

対策としては、徹底した外角低目狙いよりも、菅野・山口・マシソンといったスピードのある投手はインハイを軸にして球威で押し込むのが正解。速い球もなければ低目のコントロールもない上原、ピンチになると真ん中でストライクを取りに行く癖のある吉川や今村が広島戦で炎上するのは当然の結果である。それでも去年に比べれば僅差の試合になっているのは、巨人打線が上がってきた成果と言えるのだが。しかし、何も考えずに無茶振りしてくる相手に対して打ち合いを挑むのは間違っている。振り回してくるのを逆手にとって、高目を早打ちさせて守りの勝負に引きずり込むのが得策ではないだろうか。

(おっさんが適当なことを言ってるだけなんで、あんまり真面目に読まないでくださいw)

 

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落語テープをデジタル化保存 甦るアナログな青春

VHSテープが部屋の大部分を占拠しているので、なんとか順次デジタル化保存して、テープの方は小出しにゴミ捨て場に出していこうと決意して半年。というか、一度に捨てると近所から不審者扱いされそうなので(十分に不審だが)、三本ずつくらい袋の中にしのばせて週二回出しているわけだ。こうして一日一本ペースくらいで捨てていけば、数年で部屋の中はさっぱりすることだろう。VHSが何本あるんだって話なんだが。

デジタル化保存作業の方は、プロレスとか時代劇、特捜最前線なんかを中心にやってきたわけだが、難しいのが落語テープの整理である。とにかく数が多いし、各社製品があるものだからしっかり分類していかなくては訳が分からなくなる(既になってるんだけど)。ネット時代なので、ちょっと調べればどの会社から出た音源なのかは調べられるわけだが、それにしても子供の頃から録音しているので数が半端ではない。下手したら作業半ばでこっちの寿命が尽きそうなので、ある程度割り切って優先順位をつけて、大事なものだけ残していく方針にした。まあ今となってはコレクションが目的ではなくて、カーオーディオなんかで適当にかけて楽しめればいいと思うのでね。

 

ということで、優先的に残しておくものを軽くリストにしておこう。

三遊亭円生

本来は「圓生」なんだけど、デバイスによっては字が出なかったり潰れてしまったりするので、とりあえず円生と表記。僕は子供の頃から円生ファンなので、まず第一番にデジタル化するのはこの人なんだが、とにかく数が多い。だから晩年のスタジオ録音である「円生百席」をメインにして、ビデオの方はTBSの「落語特選会」の映像を中心に保存。「円生百席」はテープで出た一部音源しか出まわってなかったが、平成になって全作品がCD化されたので、さっそく目黒と品川の区立図書館を回って全部コピーした。あちこち駆け回ったので非常に疲れた記憶がある(そりゃそうだろう)。

古今亭志ん生

志ん生の映像は「風呂敷」「岸柳島」「おかめ団子」くらいしか残ってなくて、それだけデジタル化すれば終わりだから楽といえば楽である。音源の数は円生に次いで多い人なので、片っ端からやっていては終わらない。なのでポニーキャニオン版「古今亭志ん生名演集」を定番として残し、そこから漏れているものを他社音源から補完することにした。それでも演目は百を軽く超えるので、大変なことに変わりはないのだが。

桂文楽

演目の数は三十くらいなので、作業的には楽なんだが、問題はどれを残すかというところだな。ビクター版のスタジオ録音である「桂文楽十八番集」が、やはりこの人の最高峰だと思われる。TBS「落語特選会」で放送された映像もかなり残っていて、この二つを合わせれば主な演目はほとんど網羅できるだろう。以前は映像がなかなか手に入らなくて、市販のVHSビデオの中古品を探して神保町界隈をずいぶん徘徊したものである。

笑福亭松鶴

松鶴といえば、人気者の鶴瓶の師匠である。上方四天王の筆頭という存在だったのでレコードもずいぶん出ているが、CD化されているのは倒れたあとの音が多いようだ。鶴瓶の番組に出ていた晩年の姿を思い出すので、それも悪くはないのだけど、やはり名人として鳴らした時代の音を残したい。ということで1973年頃に毎日放送の企画で録音されたビクター版を聴くのがベストだろう。

桂米朝

平成2年頃に毎日放送でやっていた「特選!米朝落語全集」の映像と音声がメイン。さらにTBSとNHKで放送された映像をほとんど録画しているので、主な演目はだいたい網羅できている。これでほぼ満足と言いたいところなんだが、もうちょい若い頃の米朝も聴きたいわけである。昭和50年頃に出た「桂米朝上方落語大全集」というシリーズがあって、神保町の中古レコード屋でずいぶん探したものだが、さすがに全部を手に入れることはできなかった。現在は全巻CD化されているようで、金さえ出せば簡単に手に入るようである。金がないんだが(笑)。

桂枝雀

朝日放送でかなり以前から(79年頃からか?)やっていた「枝雀寄席」と、TBSやNHKに出演したときの録画で主要演目の映像はほとんどカバーできている。音源としては東芝EMIの「桂枝雀独演会」「枝雀落語らいぶ」シリーズを押さえておけばいいだろう。小学生の時、夜中に布団の中でラジオでよく枝雀の落語を聴いていた。爆笑王として話題になる前のことで、まだうっすらと髪の毛があった頃ではなかったかと思う。「鷺とり」だったか「さくらんぼ」だったか、音だけ聴いているのにイメージが広がるのにびっくりして、それから枝雀ファンになったのだった。

 

以上のようなところを優先的にデジタル化保存するわけだが、もちろんそれ以外の噺家の演目も残さなくてはならず、さらに落語だけでなく浪曲のテープも膨大な数があるわけで、作業はいつまでたっても終わらないのである。CD化されたやつをドカンと大人買いすれば、それで解決なんだけどね(笑)。

 

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アリス 70年代フォークと深夜放送の時代

このところ、往年のニューミュージック・グループの「アリス」が活動を再開しているそうで、ファンとしては喜ばしいところである。と言いつつ、アリスの名前を聞いて何らかの感慨を抱くのはわれわれ世代から上の昭和のおじさん・おばさんであろう。だいたい、ニューミュージックという言葉がすでに若い読者ちゃんたちには意味不明だろうと思うが、要するにそれまでフォークソングと呼ばれていた若者向けの音楽が、だんだんと歌謡界の主流になってきちゃったのである。「チャンピオン」がベストテンの1位になって、ニューミュージックの頂点を極めた感じのあったアリスだったが、そのあとあっさり活動を停止しちゃったので、オフコースあたりに比べると若年層の知名度はかなり低いのではないかと思う。(もちろん、谷村新司や堀内孝雄を知らない人はいないだろうけど)

そのアリスだが、思い返せばとにかく「売れない」フォークグループだったのである。70年代というか昭和50年前後には、フォークの曲が爆発的にヒットするのが当たり前の現象になっており、吉田拓郎をはじめとして、かぐや姫、井上陽水、グレープ、チューリップ、海援隊、バンバン(谷村のDJの相棒だったばんばひろふみのグループ)と主だったところはヒットを飛ばしているのに、なぜかアリスだけはレコードが売れない。といってもアリスの知名度が低かったわけではなくて、谷村新司はラジオの深夜放送「セイ・ヤング」と「ヤングタウン」のDJとして若者の間で絶大な人気を得ていた。谷村の番組は当時の中高生のほとんどが聴いていたのではないだろうか。僕はどちらかといえば関西圏に住んでいたのだが、関西のノリが好きではないので雑音まじりの「セイ・ヤング」の方を聴いていた。

 

音楽的には、アリスの二枚目のアルバム「アリス2」が非常に完成度の高い出来だった。シングルでも出た「愛の光」を筆頭に、甘いカレッジ・フォークから大人のクールなフォークへと一歩抜け出した感じがあった。このアルバムの収録曲が後年まで、コンサートにおける定番のナンバーになっていたわけで、やはり前期アリス・サウンドの基本は「アリス2」ということになるだろう。そのあと、アリスがやや迷走を続けたように見えるのは、なぜかヒット曲が出ないという焦りと、なんとか売り出そうとむきになっていた(?)会社側の姿勢のせいではないかと思うのだ。

「アリス3」では松本隆・都倉俊一というヒットメイカーを起用したシングル曲「青春時代」をはじめ、かまやつひろしなどの有名作曲家の曲をメインに据えるという思い切った作戦に出たが、ファンからは大不評を買い、むしろ「走馬燈」「星物語」といった地味なオリジナル曲の方が光るという皮肉な結果に終わった。もっとも、その「青春時代」はなかなかの名曲であり、松本ワールド全開という意味ではkinki kidsの「硝子の少年」の先駆けと言えるのではないだろうか。次の「アリス4」ではヤング向け映画「恋は緑の風の中」の主題歌を歌い、「小さな恋のメロディ」の日本版を狙ってみたものの、世間的には全くの不発。しかし、この時期には谷村のDJが深夜放送における人気トップという状態になっており、ラジオを聴いている若者層を中心に、LPレコードが隠れベストセラーになるという現象が起きていたのである。谷村新司と堀内孝雄がソロ活動を開始したのは、ちょうどこのアリスの迷走期であって、アリスとしての活動よりもむしろソロアルバムを中心に、音楽的な成熟度が高まってきたような気がする。

そんな状況下で、久しぶりにアリスらしい、完成度が高くて渋い(?)サウンドが聴けたのがアルバム「アリス5」だった。その直前に出たシングル「今はもうだれも」がオリコン11位という初のスマッシュ・ヒットを記録しており(といってもこれは関西フォークのウッディ・ウーのカバー曲)、さらにアリスのキャリアを通じての代表曲である「遠くで汽笛を聞きながら」「帰らざる日々」も収録されている豪華盤。アリスを知らない人からまず何を聴けばいいかと問われれば、迷うことなく「アリス5」と答えるだろう。そんな質問を受けることはまずないだろうが(笑)。アリスといえばハゲ・ヒゲ・オカマ(おい)という微妙なルックスで、若者に絶大な人気があるし曲もいいのに渋すぎて売れないグループだったのだが、ここにきて分かりやすくてノリのいい、一般受けしそうなサウンドが定着してきた感があった。若者の間での知名度、コンサートにおける人気、フォークがニューミュージックとして歌謡曲に近づいていった時代背景など、アリスが人気グループとして大爆発する要素は確かに出そろってきていた。

そうした様々な要素が、初の大ヒット曲「冬の稲妻」で結実するわけである。これは堀内孝雄の長所である、ノリがよくてインパクトのあるメロディ・ラインが完成を見た結果と言えるだろう。この堀内的なポップなメロディは、ソロ曲「飛び立てジェット・プレーン」などの佳作にその兆しが見えていて、このあと同路線で「君の瞳は10000ボルト」「南回帰線」といったアップテンポな曲を連続でヒットさせている。その堀内孝雄がなんと演歌に行っちゃったわけだが、それはまた別のお話である。(そういえば堀内と仲のいい高山厳のヒット曲「心凍らせて」も演歌調だから、これは考察に値するところだろう)

といった感じでアリスを聴いてきた僕であるものの、リアルタイムで付き合えたのは「冬の稲妻」に続くヒット・シングル「涙の誓い」までだった。この辺になると、アリスもファンも「ヒットしないとまずい」という空気になってきており、とにかくヒットチャート上位に行きそうなインパクトの強い曲を優先させる雰囲気になってきたのである(僕の個人的感想だけどね)。だから、アリスとしてはとにかく売れそうな曲を出して、本当にやりたいことはソロアルバムでやるような傾向が強くなってきた。若いのに地味で渋いというアリス本来の特徴はソロの方に移っていったわけで、こうなるとグループとして活動停止したのは必然のように思われる。

それでも、ラストコンサートで数々のヒット曲をメドレーでさらっと流して、最新アルバム曲をメインに持ってきたりするマイペースなところが、さすがにコンサートに年季の入っているアリスだなあと思わされた。僕個人としては、「アリス2」の頃の曲にこだわった末に、「今はもうだれも」「帰らざる日々」で締めるコンサートの構成が好きだった。1978年くらいまでそんな感じだったかな。

 

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PCレースゲームの世界 私はいかにしてレースゲーマーになったか

レースゲームが好きだという話をしようと思ったのだけど、考えてみれば最新のタイトルは全くやってないのだった。というか、何度も書いているように中古のMateに安物のグラボを乗せただけのマシンなので、新しいゲームをやるのは性能的に不可能で、めいっぱい頑張っても2012年発売のものが限度。しかも家庭用ゲーム機は持ってないので、記事として受けるようなレースゲームには縁のない男なのである(ダメじゃん)。もっとも、PSとPS2のレースものはやれる限り遊んでいて、2006年頃からPCゲームに完全移行した感じなので、その後にPS3あたりで出た有名タイトルはPC版でプレーしているわけであり、その意味ではむしろコアなゲーマーの部類に入るのかも知れない。

などと言いつつ、はっきり言ってレースゲームは下手である。年齢のせいで反射神経はほぼ皆無であって、一番簡単なモードでどうにかレースになる程度。でも中年男がそれくらい走れればいい方ではないかという気もする。そもそも、ファミコンやスーファミの時代にはレースは全くやったことがなくて、大人になってからあるとき思いたって最初の「グランツーリスモ」をやろうとしたら、ライセンス試験の最初の課題で詰んで挫折したくらいだからね。それから数年後、今度は「グランツーリスモ2」をかなり意地になってやり込んだら、なんかだんだん格好がついてきて、下手なりにゲームプレイにはなってきた。GTシリーズで言えば、ライセンス試験をオールブロンズ(ときどきシルバー)で苦労せずにクリアできる程度の腕である。

 

だから「グランツーリスモ2」は非常に思い出が深いゲームであるのだが、それからドライビング・シミュレーターのファンになったのかといえばそうではなくて、なぜか一気におバカなレースゲームの方に針を振り切ってしまったのである。具体的に言うと「Need For Speed」シリーズに傾倒して、海外版の「Midnight Club 3」「L.A. Rush」といった、わりとストーリー性の強い非合法レースものをやりつつ、「マリオカート64」の影響を受けたカートゲーム(カートゥーン・レースと言うべきか)を延々遊んでいたのだった。ところが、あるときNFSのPC版をやってみたら、その画質のよさと動きの滑らかさにカルチャーショックを受けてしまい、これは家庭機でレースをやってる場合じゃないなあ、と思って、一気にPCゲーム信者になったというわけだ。

当時の僕が一番熱を上げたのがNFSの「Underground」「Underground2」「Most Wanted」と続く三部作(?)だった。それ以前のシリーズ(PS時代はオーバードライビン)も悪くなかったし、PS2の「Hot Pursuit」もいいゲームだったのだが、映画「ワイルド・スピード」の影響を受けて、改造日本車をメインにしたストリートレースものという新ジャンルを打ち立てたのは大きなターニングポイントだったと思う。さらにオープンワールドを導入して、警察との追いかけっこをやりはじめるに至り、現在のNFSシリーズに至る基本型が完成したわけである。このシリーズはPS2版でやった人は結構いると思うが、PC版は背景が全くブレないし、車は文字通りヌルヌル動くし、まるで別物であることを特筆しておきたい。

 

日本ではモータースポーツの人気がそれほどではなく、レースゲームもマイナージャンルなのだろう。おそらく、コンスタントに売れている唯一のソフトが「グランツーリスモ」だろうと思うが、このシリーズはドライビング・シミュレーターという建前ながら、実情はお手軽なレースゲームという側面が強くなっているのではないか。マニアックな車好きだけでなくて、あらゆる層の一般ファンを取り込むためには、幕の内弁当のようにとりあえず各種取り揃えて、間口を広くするしかないのは分かる。国内向け家庭機では、この手のゲームはGTシリーズ一択だと思っていたら、PS4で「Assetto Corsa」「Project Cars」というシム系の二大タイトルが出てきて、風向きが変わってきたようである。

かく言う僕はGTにも新しい二大ゲームにも縁がないわけで、偉そうに何を言っとるんだって感じなんだけど、しかし実はシム系ならもともとPCゲームこそが本場でありまして、「GTR2」「rFactor」という極めつきのタイトルが2006、7年に既に登場しているのである。もっとも、僕はこの辺は普通のよくできたレースゲームだと思っていた(シム系、アーケード系という分け方自体知らなかったんだけど)。シム系信者のプレーヤーはよく「挙動」という言葉を使って、掲示板などで挙動の悪さ(?)を口を極めて罵る連中をよく見かけるが、僕はそういうこだわりは全くない。そのゲームの世界では、それぞれの挙動が現実的なのだと思っているので、リアルでなくても実車と違っていても気にならないのである。どうせ、ゲームに登場するスーパーカーなど運転したことはないので、リアルな動きなどもともと知らないし、そんなことを考えていては「Need For Speed」や「Burnout Paradise」などやってはいられないだろう。

そういうわけで、主にPCのおバカなレースゲームばかり十何年やりつづけて、慣れだけでそこそこ走れるようになったというのが実情である。格闘ゲームで言えば、いわゆるガチャプレイで勝っているようなもので、いい齢してこれではちょっと恥ずかしいので、これからはシム系ゲームのリアルな挙動とやらにこだわって、まともな走り方を覚えてみたいと思っている。まずは「Assetto Corsa」「Project Cars 2」がプレイできるPCを買わなきゃね。

 

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NEC Mateの電源交換とお手軽に遊べるPCゲーム

どうも相変わらず、NEC Mateの電源を交換する話が一番読まれているようなので、かなりマニアックでマイナーな話題ながら追記しておきたいと思う。NEC Mateというのは学校や会社で大量導入されている代表的な量産機であり、使用期間が過ぎると払い下げられて中古市場に安く出てくるので、とりあえずビールみたいにとりあえずPCを買いたい人にはお勧めである。CORE 2 Duoからi3くらいのものが一万円台で買えるし、それでビジネス用には十分すぎる機能を持っている。これにちょっとしたグラボを積めば、数年前のPCゲームを普通に遊ぶこともできるので、コストパフォーマンス的には言うことなしだろう。

そんなMateの弱点は、電源が故障しやすいこと。どうやら安物のコンデンサを使っているせいらしいのだが、内部部品を交換するのは素人には無理なので、別の電源ユニットを買ってきて付け替える以外にない。ところが、スリム型PCであるMateに付けられるのはTFX電源という小型の特殊なやつであり、これがなかなか売ってないし、あってもバカ高いのですね。通販で六千円とか八千円とかの値段が平気でついていて、そんなのを買うくらいなら一万円出して別のMateを買った方が早いわけである。もっとも、ヤフオクを注視していれば、ときどき千円台くらいで中古のTFX電源が出品されるので、状態のよさそうなのを落札すればよい。この場合、NEC純正のものは出力が200wしかなくて、ボードつけてゲームをやっていると慢性的な出力不足になってしまう。規格さえ合えばどれを付けても同じなんだから、純正にこだわらずできるだけパワーのあるのを選んだ方が得策だろう。

あと、僕は先日失敗してしまったのだが、よくシャットダウンするのでまたしても電源の故障だと思い込んでいたら、実はCPUグリスが乾いて熱暴走していただけだった。CPUファンがガーガー鳴り出して全力回転しているようなら、おそらく熱暴走が起きているので、グリスを塗り直しましょう。元来、MateのCPUファンは定速回転が基本であって、かなりハードなゲームをやっていても回転数が上がることはほとんどない。

 

さて、ゲームをやるにはグラボが必須なわけだが、Mateはスリム型PCなのでいわゆるLow Profileという小型のグラボしか装着することができず、どうしても性能は限られてしまう。もともとTFX電源自体に限界があるから、電力を消費する高性能グラボなんて付けられないしね。しかし、それでも安物のボードを付けてある程度のグラフィックメモリを確保すれば、数年前のゲームならば余裕でプレイすることができる。Mate本体とグラボで二万円もかかってないのに、「Grid」や「Need For Speed Most Wanted (2012)」あたりが問題なく遊べるのは、かなり凄いことなのである。たとえ画質を落としたとしても、PC版のゲームは家庭機に比べると非常にきれいだし。また、ゲーム自体も古いから数百円で買えるわけで、世間一般に比べて数年遅れであることさえ我慢すれば、もはやこれ以上何の不満もないだろう。そもそも、貧乏人が最新ゲームをプレイしようというのが間違っているのだ(笑)。

電源交換の話に戻ると、作業的にはケースの蓋を開けて多少分解することになるので、PC自作などに慣れてない人には抵抗があるかも知れない。と言ってもそんなに難しいことではなくて、要はピンを抜いて差し替えるだけである。あと、Mateを使った裏技としては、i3以上の上位機種を手に入れたらば、ケースと電源をいいものに交換するという手が考えられる。これでパワーのあるグラボを付けられるようになり、たいていのゲームはプレイできるようになるだろう。格安でちょいとしたゲームPCをデッチあげる裏技というわけだ。

もっとも、ケースと電源だけならいいだろうが、Mateのようなメーカー製PCはOSがハードの付属品なので、それ以上部品を換えていたら規約違反になってしまうので注意。もちろん、別のマザーボードにWindowsをインストールすることはできないし(インストールディスク自体ついてないだろうけど)、マザーが壊れたらそのマシンは一巻の終わりである。そこがMateの限界であり弱点ということなのだが……。といっても、中古でMateを買っていろいろ部品を換えても二万円くらいしかかからないわけで、大人の遊びと割り切れば使い捨てでいいんじゃないかな。

 

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