PCシャットダウンやブルースクリーンの原因と対処法

当サイトのメインテーマは、ひきこもり・ニートのお友達がお金を稼ぐ方法を伝授することである。そこで、まずはブログアフィリエイトという話になるんだが、PCがまともに動かなくては何もはじまらないわけだな。なんでそういう話の流れになるかというと、かく言う僕がここ数年来、PCの突然のシャットダウン、あるいはブルースクリーンに苦しめられていて、PCを起動するのが毎日苦痛になるくらい嫌な思いをしてきたからである。

僕が使っているのは中古で買ったNECのMateというやつで、企業や学校などで大量に導入して、型落ちになると中古ショップに払い下げられるというタイプの、代表的な量産機だ。自作PCならば、メモリなどの相性問題でブルースクリーンになることは多々あるのだが、大手メーカーの量産型ではそういうことはあり得ない。あったら大問題になっている。

だが、特にMateにはなぜかブルースクリーンになりやすい傾向があって、困っている人も多いようだ。僕は数年間苦しみ、試行錯誤した末に一定の結論を得たので、特別に発表することにしよう。などと大仰に言うこともなくて、中古PCの動きが変になったらさっさと次の中古を買えばいいだけの話なんだが。Mateなら一万円も出せばそこそこの機種を買えるんだからね。

 

さて、Mateでよくある症状としては、起動プロセス時にPCが落ちるということが多い。全く起動しないということもあるし、起動したところでフリーズすることもある。それから、起動して数分後にブルースクリーンになることも多いのだな。これから仕事をしようという時に、無慈悲な青い画面を見ると本当に萎えてしまう。

こういう場合、USB機器を外したらうまく動いたとか、再起動したら普通に動作するとか、挙動がまちまちなんですね。だからその都度、いろいろ姑息な手を使ってみるんだけど、はっきり言って一定するということがない。それもそのはずで、これは何かのパーツが悪さをしているとかいった接続の問題ではないし、ましてやソフト的な問題でもないのである。メーカー製PCでそんな根本的・技術的な問題はまず起こりえないし、パーツ自体が急に壊れるということも、昨今のPCではちょっと考えにくい。

 

結論から言えば、起動時にフリーズしたりブルースクリーンになったりするのは、要するに電力供給が不十分だからである。特にMateの場合はまず十中八九これが原因。経年の劣化で電源のテンションが落ちているか、または電源ユニット内のコンデンサのどれかが破裂・液漏れしている可能性が大きい。電力不足はスリムPCの持病のようなものだが、Mateに限っていえば使用部品が脆弱なのか、わりと簡単に液漏れが出るようだ。

もともと、Mateに使われている電源は200wであり、ビジネス機としての使用には十分だが、個人使用にはかなり非力である。趣味で使うなら最低限、ネットくらいは快適に見られなくてはいけないので、たいていちょっとしたグラボを積むことになる。すると電力供給量は本当にギリギリになってしまい、経年劣化でちょっとでもテンションが落ちれば、起動プロセスに必要なパワーを供給できなくなってしまうのだ。USB機器を外せば動くことがあるのは、瞬間的に負担が軽くなるからに他ならない。

 

ネットで検索すると、破裂したコンデンサを交換する方法が出ているのだが、これは素人にはとても無理。電源ユニット自体を交換するのが手っとり早いだろう。Mateのスリム用電源は、アマゾンでもいくつか売っている。しかしなぜか馬鹿高くて八千円くらいしちゃうのだな(それなら中古PCを買った方が早いって)。ヤフオクなら純正のMate用の電源を、千円から二千円くらいで簡単に買えるし、付け替えもそんなに難しくないので、やってみる価値はあるだろう。

というわけで、中古のスリムPC、特にNEC・Mateのブルースクリーン問題は、電源ユニットを交換すればたいていの場合、問題なく解決すると思われる。ただし例外的に、というか周期的にブルースクリーンが出ることはあるので、そこんとこを最後に補足しておこう。

PC自体はどこも悪くないのに、数ヶ月ごと(特に季節の変わり目)にフリーズやブルースクリーンが頻発することがある。これは多くの場合、CPUファンがうまく回っていないのが原因である。気候が変わるとファンの潤滑油の状態が変化するので、固まって回りにくくなったために電源に負担をかけたり、またbios側で回ってないと判断して、問答無用でシャットダウンしてしまうこともあるようだ。この対処法は、CPUクーラーを分解してファンのシャフト周りのゴミを取り除き、改めて油を差すこと。これは面倒ではあるけど、慣れればそんなに難しい作業ではない。

あと、CPUファン自体が故障していることも稀にある。この場合も、ヤフオクで検索すればたいてい純正品が出品されていて、千円かそこらで手に入れることができるだろう。

 

このように、千円か二千円くらいで部品交換ができる場合は、ヤフオクなんかを当たってみるのが上策。といってもMateの中古品はそんなに高くないので、一万円くらい出しても惜しくないと思ったら、潔く次の中古マシンを買うことにしましょう。なんだかんだ言って、PCは消耗品である。機械の調子にばかり気を取られていたら、肝心のネットビジネスが全然進まないってことになるからね。

 

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カセットテープが人気だというのは本当なのか

アフィリエイトか勉強ネタで内容の濃い記事を書こうと、昨日から頭をひねっていたのだが、あまりの暑さで脳が溶けそうなんで、当分はアイスを食いつつ趣味系の話に逃避することにした。まあ何を書こうと、ひきこもり・ニートというテーマからそれることはないのだが……。

 

なんでも、このごろはレコードやカセットテープの人気が再燃しているという。ちょっと前までは、テレビ番組でそういうものを出してきて、ゆとりガキが「そんなの見たことなーい」などとほざくのがお約束の流れになっており、おっさんを馬鹿にするネタに使われていたものだが、世の中わからんものだ。

僕は昭和の化石そのものの人間なので、当然ながらレコードにもカセットテープにも思い入れは深い。というかCDにはいまもってなじめないし、MDプレーヤーは遂に買うことがなかったし、今の携帯プレーヤーももちろん使っていない。パソコンではMP3とかWMAを聞いてはいるが、それもレコードやテープを取り込んだものである。昭和以降ずっとアナログなのであって、今さらアナログブーム再燃と言われてもリンダ困っちゃうのである。ていうか、俺の部屋の大部分を占めるのがVHS、ベータ、レコード、カセットの山であり、デジタル製品はほとんどないのだ。

 

70年代にラジカセが登場して、ラジオ番組を録音する「エアチェック」なる行為が流行したことは記憶に新しいところだ(そうかー?)。NHK-FMで「ひるの歌謡曲」という番組があって、これは人気歌手の代表曲を十曲くらい流してくれるので、非常に重宝していた。FMはステレオ放送だし、イントロに声をかぶせることなくノーカットで流してくれるので、この番組をエアチェックすれば、レコードを買う必要がほとんどないのだ。僕はこれを十数年間にわたって録音しつづけ、そのテープの多くが今も残っている。

松田聖子、中森明菜といったアイドル(俺と同世代である)のヒット曲は、まだレコードだったという印象が強い。WinkになるともうCDの時代だろう。だから、僕の中では一番新しい歌手がWinkであって、それ以降は全部「最近のやつら」という分類である。個々の曲については全く知らん。典型的な時代遅れのおっさんというやつであろう。

 

カセットテープで思い出したが、昔はオープンリールのテープレコーダーというのがあった。「特捜最前線」の刑事部屋に置いてあるやつだ。映画「天国と地獄」で、犯人(山崎努)からの電話を録音するシーンが印象的で、それから刑事ドラマに欠かせない小道具になったようである。

多分このごろのゆとりガキだと思うが、オープンリールってものを知らないで「刑事ドラマに出てくる逆探知装置はデタラメである」などと、ドヤ顔でネット上に書いているやつが多い。だから、ドラマに出てくるあれはテープレコーダーであって、逆探知は業者に電話してやってもらってんだろうが。暑いからどうでもいいことに腹立ってきたな(笑)。

 

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王貞治・沢村栄治 名選手の記録と記憶

先日の巨人戦の中継に王貞治が出ていて、756号の映像を流していた。あれは昭和52年(1977年)のことであって、僕はラジオで聴いていたと思う。

王貞治自身が「打ったあとバンザイをするのは珍しい」と言っていたが、その前年に後楽園でベーブ・ルースを破る715号を打ったとき、打球がポールを直撃した瞬間に両手を上げてジャンプした姿の方が印象的だったのである。実は、回顧番組やアニメで引用されるのは、この際の動作であることが多い。

僕は熱狂的というかキチガイの域にある昭和の巨人ファンなので、600号あたり以降の節目のホームランはだいたい生放送で見ていて覚えている。715号の時の山本和行、756号の鈴木康二朗は一流投手だが、700号の鵜沢、800号の大川(いずれも大洋)などは、ほぼこの1シーンだけで記録と記憶に残ってしまったようだ。

 

ところで、この王貞治の出演について、ネット上ではくだらん書き込みが相次いでいた。ようするに「昔の球場は狭かったからホームランが打てた」「昔の野球はレベルが低かった。そんなのは記録に値しない」といったことをほざく馬鹿が多かったのである。僕はこういう知ったふうなことをぬかすゆとりガキが大嫌いである。

球場が狭かったというのなら、他の選手に比べて王貞治の数字だけが突出しているのはどういうわけなのか。昔の野球のレベルが低かったと主張するのならば、現在の野球も数十年後の世界からみればレベルが低いということになろう。ということは、現在の選手の記録も語る価値がないものになりはしないだろうか。

およそスポーツというものは、その同時代に抜きん出ているという事実が全てであって、過去と現在を単純に比較しても何の意味もない。過去の記録をふまえた上に、現在があるのだ。大鵬の優勝32回という大記録があったからこそ、白鵬はそれを抜くことができたのである。

 

プロ野球の黎明期に沢村栄治という投手がいた。ゆとりのガキどもは「沢村といってもどうせ140キロそこそこしか出てなかった。今だと平凡な投手にすぎない」などとぬかすのだが、その時代に沢村が最も抜きん出て速かったという事実を完全に見落としているのだ。つまり、150という数字が連発される現代において、170とか180とかいった快速球を投げるほどのインパクトがあったということだ。(もっとも、僕は今のスピードガンの数値は水増しがひどいと思っているので、信用してないのだが)

例えば、100メートル走は100年かかって5%くらいしか記録が伸びていない。と考えると、18.44メートルのボール投げという単純な行為で、20年やそこいらで10%以上平均球速が速くなるのは奇妙なことだ。各時代における最速は、実はそれほどの違いがないのかも知れない。

沢村より少し後輩の別所、中尾といった人たちが、昭和30年代まで快速球で鳴らして大記録を樹立したことは、誰も否定できないことである。とすれば、彼らにとって神様みたいな存在の沢村は、やはりメチャクチャに速かったのではないだろうか。そういうこと以前に、元祖プロ野球である沢村栄治に敬意を払わないやつが、どういう気持ちで今のプロ野球を見ているのか、理解できないというのが率直な気持ちである。

 

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懐かしいプロ野球の球場…って昭和の話かよ

あとで読み返すと意味不明になってしまうので、あらかじめ書いておくと、いま現在プロ野球では巨人が低迷している。かく言う僕は筋金入りの狂信的な巨人ファンであって、V9も見ているし最下位も味わっているので、今さら何が起こっても驚くものではない。ひとつだけ感想を言っておくと、どういうチームを作るかという長期的な展望が全く欠けていたことは確かであろう。

川上監督時代のV9と、原監督による二度の三連覇は、メンバーを固定しての黄金時代という意味で似通っている。結局、圧倒的に強い時期が続くとレギュラーが全員30代になってしまい、若手は出場機会を奪われて育っておらず、反動で低迷期に入ってしまうのは仕方のないことなのだ。V9のあとにも中畑・原・江川・篠塚・山倉などの若い力が揃って、ようやく戦えるチームに再生したのである。

 

そういうことはともかく、以前はよく球場に足を運んで観戦したことを思い出す。といっても自律神経失調症で動けなくなる前の話。昭和バブルまっただなかの時代である。僕の住んでいたところから一番近い球場は、ロッテが本拠地にしていた川崎球場だった。有藤・落合・山本功児・村田兆治といったスター選手がいた頃で、いつ行ってもスタンドはガラガラなので、いい席でのんびりと観戦できる。

当時はパ・リーグの人気は全くなくて、汚い球場で怖い顔のおっさんたちがダラダラとプレイしているという、いかにもうらぶれた感じが逆によかった。川崎球場へは駅から盛り場の中を抜けて歩いて行くんだが、酔っ払いはたむろしているし、変な客引きにつかまるし、物騒で油断がならない。女子供が行くような場所でなかったことは間違いない。

 

それから、後楽園も月に何回かは行った。神保町で古本を探した帰りに、内野の安い券を買ってナイトゲームを見る。といっても巨人戦はとてもじゃないが席が取れないので、もっぱら日本ハムのパ・リーグ試合である。内野の自由席というのは二階席なんだが、一番前まで行くと一塁コーチャーのすぐ上くらいで見られるので、アングル的にはネット裏よりずっといいのだ。

後楽園といえば、当時のプロ野球の球場の中では唯一の明るい雰囲気を持ったところだった。外野のすぐ裏が遊園地なので、ちょっとお子様ランチ的なところはあるんだが、そのおもちゃ箱みたいな感じがよかった。電光掲示板や人工芝も、まだ日本では数少なかったという時代である。アニメの「侍ジャイアンツ」には、当時の後楽園のメジャーな雰囲気がよく出ていて、つい何度も見てしまうのだ。

そういう明るい後楽園だが、パ・リーグの普段の試合はやっぱりガラガラで、内野席から一塁走者に野次を飛ばしたら聞こえてしまって、中には言い返してくるやつがいた。現在の満員・盛況のパ・リーグからはちょっと考えられない話である。

 

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ビデオテープをデジタル化する果てしのない作業

ビデオテープが世の主流派から去って既に久しいので、いまだにビデオにこだわってごそごそと活動している者は、少数派であると同時に高齢者ということが言えるのだろう。などと言いつつも、ベータマックスが僕のひとつの青春であったことは厳然たる事実で、ベータビデオをデジタル化するという、ただそのためだけに初めてPCを自作したのだ(十数年前の話である)。

その頃、PCでビデオキャプチャーというのはかなり画期的だったと思う。SONYのVAIOがキャプチャーボード装備を売りにして登場したのがこの時期だった。十何年たった今でも、ビデオ画像を取り込んでデジタル化という作業をやっている人間は、そう多くはないのかも知れない。そういう仕事を請け負う業者があるくらいだからな。

 

僕が何としてもデジタル化保存したかったのが、まず全日を中心としたプロレス中継の録画だった。それから、80年代に録画しまくった吹き替え版の洋画である。そのあたりを優先的に取り込んで、次にアニメのデジタル化に力を注いだのだが、たいていのアニメは十何年の間にどこかの局で再放送されるのだな。結局、作業のほとんどは無駄になってしまった。まあこれも教訓である。

とにかく、プロレスと洋画をデジタル化(主にDivX、のちXvidに移行)してDVD-Rに焼いたことで、当初の目的は達成されたことになる。といっても、十数年分だからこれが半端ではない枚数なんだが……。

作業が一段落したところで、僕のもうひとつの趣味である時代劇へと舞台は移っていった。これまた、BS放送がはじまってからは再放送が盛んになったので、直接録画するのとビデオテープから取り込むのと、同時進行で忙しいことこの上ない。気がつけば主だったタイトルのほとんどを全話デジタル化保存している始末で、これでは時代劇専門チャンネルに加入する意味があまりないようだ。現在は、最後の大物というべき「大江戸捜査網」の録画ビデオを取り込んでいるのだが、これが600話以上あるので毎日やっても二年近くかかってしまうのである。

 

ところで、現在ではPC上の動画といえばMP4が主流であるようだ。確かにAVIよりもMP4の方が画質がよく、僕も一時期はMP4に気持ちが傾いていたのだが、今はまたAVIコンテナのXvidに戻している。ひとつには、PCのトラブルからXPを使用するようになったのが大きな原因で、XPではクイックタイムの最新バージョンをインストールできないため、音声コーデックに制限がかかってしまうのだ。

VHSから取り込んだ動画は、どうしても輪郭にノイズが乗りやすく、またAVI独特のブロックノイズも、気になるといえばなるのだが……。MP4やWMVは全体をのっぺりした感じに仕上げるので、比較的ノイズが軽減されて見えるようだ。XvidはAVIコンテナのコーデックとしてはかなり優秀で、エンコード時間が圧倒的に速いのが長所である。VLCプレイヤーでノイズ除去フィルターをかけて見れば、MP4と区別がつかない仕上がりになるのだ。

 

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