オープンワールドとか箱庭とかいうゲーム世界

久しぶりに大相撲が世間的な話題になったので、子供の頃に紙相撲に熱中したことを思い出した。画用紙で力士を作ってトントンやるというやつである。もっとも、僕は取組自体よりも、架空の番付を作るのが好きだった。一時期は幕下くらいまで作って、何年分にもおよぶ場所をこなして、一人で番付編成会議を開いて喜んでいた。小学生の遊びとしてはちょっと凝りすぎだろう。

ゲームの中にもうひとつの現実が存在するような、変な錯覚を覚えるところが好きだったのだ。大人になって「ベストプレープロ野球」に出会ったとき、懐かしい感覚を思い出したのである。パニック障害や電車恐怖症で外出できなくなっていたので、僕の精神的な活動はもっぱらゲームの架空世界に向けられた。

 

今世紀に入って、オープンワールドというジャンルが流行りだした時、非常に強く引きつけられたのもその好みのせいだろう。前回書いた「チョロQHG2」「ニード・フォー・スピード アンダーグラウンド2」が、僕の中ではオープンワールド・ゲームの頂点なのだが、これは2003、4年くらいのもの。その後「オブリビオン」「スカイリム」という極め付きのRPGが登場しているとはいえ、ジャンル的には先細り傾向にあるようだ。とくに国内ものではパッとしたゲームが出てこないのはどうしたわけか。数少ない傑作と言えるのが、「ドラゴンクエスト8」ではないかという気がする(オープンワールドとして語られることは少ないだろうけど)。

海外レースゲームでは、街の中を自由に走りまわるタイプのオープンワールドものがいくつも生まれている。「ニード・フォー・スピード モスト・ウォンテッド」(2005)は、その中でも最も支持を集めた一作だろう。もっとも、これは警察に追い回されるのが非常にキツくて、疲れるのであまりプレイしたくないゲームなのだ。のんびり走れる「アンダーグラウンド2」がいい。NFSと似たタイプで「ミッドナイトクラブ3」もなかなかの名作だったが、残念ながら日本版は出ていない。ストーリーものでは「ミニミニ大作戦」「L.A.RUSH」なんてのもある(いずれも海外版)。

 

その辺のタイトルを楽しんでいるうち、00年代も終わりになってきた頃、PCやゲーム機の性能が一段とアップしたせいだろう、巨大マップを自由に走りまわるという超大作タイプのオープンワールド・レースゲームが次々に登場した。その代表的な一作が「テストドライブ・アンリミテッド」である。これはハワイ・オアフ島をまるごとゲーム世界にしたという恐るべきゲームで、ラジオを聴きながら延々とドライブを楽しむ面白さがよくて、単純ながら飽きのこない永遠の名作だ。PC版では自分の好きな曲を並べてオリジナルのラジオ局を作ることができる。PS2版(日本未発売)ではこれができなくて残念なのだが、簡略化されたためにかえってシンプルでやりやすくなっていて、こちらも捨てがたい。

それから、PS2で人気のあった「バーンアウト」の集大成的なオープンワールド・ゲーム「バーンアウト・パラダイス」にも熱狂した。これはNFSのような犯罪的な暗さがなくて、ひたすら能天気に敵をクラッシュさせる一種のバカゲーなのかも知れない。そして、巨大マップもここに極まれりという、ほとんど意味不明な快(怪)作「FUEL」の登場により、このジャンルの「おバカ」さ加減は頂点に達するのだった。

 

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神レースゲームとの出会いが中年を変えた

「グランツーリスモ2」をやりつづけているうちに、おっさんなりにレースの腕が上がってきたので、アマゾンで1円出品されているレースものを片っ端から買っては遊ぶという日々が続いた。

プレステだと代表的なタイトルに挙げられるのが、「リッジレーサー」シリーズである。特に「R4」の完成度の高さには感心させられたものの、まだまだ中年男のレース魂(?)を満足させるにはいたらなかった。サーキットレース、ラリー、はては「F-ZERO」にはじまる未来ものまでやったが、もうひとつ爽快感を得ることができない。やはり中年にレースは不向きなのか? それとも、この世にはもはや面白いゲームが存在しないのか。

 

とレースゲームを諦めかけたそのとき、やはり1円出品されていたPS2ゲーム「ニード・フォー・スピード アンダーグラウンド」と出会ったのである。このゲームの鮮烈さは、それまでにプレイしたお行儀のよいレースゲームとは一線を画すものだった。ひとつの街を舞台にした違法ストリートレースというヤバい雰囲気、そして目もくらむようなスピード感に、たちまち引きつけられたのだった。

ニード・フォー・スピードは日本ではPSで「オーバードライビン」のタイトルで出ていたそうだが、一部のファンを除いてほとんど知名度がなく、「アンダーグラウンド」のヒットでようやく有名タイトルとなって、現在でも新作が連打されている。一作ごとに作風を変えてくるので、ひとくくりに評価するのは難しいのだが、「アンダーグラウンド」に始まるPS2移植三部作が、このシリーズのひとつの頂点であろう。

特に僕が最も熱狂することになったのが、次作「アンダーグラウンド2」だった。基本コンセプトやレースのスタイルは前作を踏襲しているのだが、今度は舞台の街を自由に走りまわるオープンワールド・ゲームとなったことで、さらに新しい面白さを加味することになった。ちょうど各社がこぞってオープンワールド・ゲームを競い合いはじめた時期であった。RPGのヒット作「オブリビオン」が登場するのはこの数年後のことだ。ゲームの転換期にあって、いろいろな要素が一致して「アンダーグラウンド2」という名作が生まれたのだろう。

 

ところで、わが国ではひと足早くオープンワールド・レースゲームの名作が生まれていた。それが「チョロQHG2」である。前作「チョロQワンダフォー」でスタイルとしては確立していて、それをパワーアップした形でオープンワールドにしたという、進化の過程もニード・フォー・スピードの場合とよく似通っている。

チョロQといえば子供向けのおもちゃなので、このシリーズを最初から敬遠する向きも多いようだが、実はかなり硬派なレースゲームなのである。レースに勝って賞金をため、車をパワーアップさせてゆくという内容からいって、「グランツーリスモ」のパロディなのかも知れない。カーラジオを聞きながら世界を自由に走りまわる「チョロQHG2」の面白さは、今なお比類のないものだ。このソフトは中古市場で大人気であり、今でも4千円から5千円の高値で取り引きされている。

 

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僕はなぜレースゲームが好きになったのだろうか

不調だったPCの電源を交換したので、久しぶりにPS2エミュで遊べるようになった。C2Dのマシンなので重いといえば重いんだが、一応安物のグラボを積んでいるおかげで、ハードなレースゲームも実機に近い動作でプレイできるのが嬉しいところだ。

僕はおっさんなのにレースゲームの大ファンなのである。ゲーム好きならば別に珍しいことではないんだろうが、これは僕にとっては特筆すべきことなのだ。というのも、RPGやアドベンチャーは何十年もやっているにもかかわらず、アクションやレースに関しては才能がないものと思い込み、老齢(?)になるまで一切手を出していなかったのである。特にレースものにのめり込んだのはここ数年のことだ。そのために漫画の「湾岸ミッドナイト」「頭文字D」や、アニメの「マッハGoGoGo」に至るまで、車に対する興味から堪能するに至っている。中年男に一体何が起こったのか、というあたりについて考えてみたい。

 

まず、ひとつのきっかけとなったのは、30過ぎてちょっと体調が戻ってきたので、車の免許を取りにいったことである。この教習所通いがあまりにもキツくてつまらないので、ちょっとでも車に興味を持てれば面白くなるんじゃないか、と藁にもすがる思いで考えたのであった。そこで、当時の人気ゲームで中古が安くなっていた「グランツーリスモ」をやりはじめた。

それまでレースゲームは全くやったことがなく、基本的な素養もなければ定石も知らない。かなりリアル系のゲームである「グランツーリスモ」は当然、反射神経のない中年には難しく、ライセンス試験の最初の問題もクリアできないありさまで、自分でも呆れてしまった。

 

それ以来、レースゲームのことは完全に記憶から消え去っていた(現実の免許の方は無事に取得した)。そして十数年。C2Dのマシンを使うようになってPS2エミュを扱えるようになり、プレステ2の名作をアマゾンで1円で購入しては、片っ端からやりまくるようになったのだな。そこで数々の有名レースゲームを目にするにつけ、そういえば自分はレースものがからっきしダメだったなあ、という事実に思い至ったのである。レースが苦手なままで老人になってしまうのも、なんか腹立つぞ!と思った僕は、今度は性懲りもなく「グランツーリスモ2」に手を出すことにした。

もちろんレースゲームはほとんどやったことがないし、年齢のせいで以前よりもさらに反射神経は落ちている。それでも、現実に免許を持っているせいか、運転というものが少しはイメージできるようになっていたのだね。意地になってやり続けているうち、当たり前なんだが、だんだん上達してきたのである。若い子のようにはいかないが、ライセンス試験は普通に苦労なくクリアできるくらいの腕になった。そうなると、レースものが面白く感じられるのは理の当然である。他のゲームもいろいろやってみよう、とまたしてもアマゾンで1円出品されている往年の名作を、次から次に買い漁るようになったのだった。つづく。

 

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相撲好きの変な子供だったのだ

今日から大相撲春場所が始まるので、相撲についての思い出なんかを書いてみようと思う。なんでも、今は空前の相撲ブームなのだという。空前というのは眉唾だが、八百長問題で閑古鳥が鳴いていた頃に比べると恐ろしい盛況ぶりなのは確かである。

しかし70年代の相撲ブームはこんなものではなかった。僕はそのブームのまっただなか、特に輪湖時代に熱中して見ていた相撲少年だったのだが、子供としてはもちろん少数派であって、学校で相撲の話をすると「おまえ、相撲なんか見てるのか!?」とびっくりされるのが常だったのである。大学生になって上京したとき、真っ先に相撲の聖地である蔵前国技館に足を運んだ。ところが、国技館はまさに取り壊されて、完全なさら地になっていたのだった。実のところ、これが相撲に関するもっとも鮮烈な思い出だったりする。

 

物心ついて一番最初に相撲を見はじめたのは、まだ大鵬が現役だった頃だった。だが、もちろん番付も星取表もまだ分からない。はっきり意識して観戦しはじめたのは北の富士の一人横綱時代あたりからで、すぐに輪島と貴ノ花が上がってきて、この両者を中心に、まさしく「空前の相撲ブーム」となった。昭和50年春場所の、北の湖と貴ノ花の優勝決定戦はブームの頂点だったと思う。後年の若貴ブームが凄かったといっても、親父の人気には全く及ぶものではない。

その頃、僕は北の湖のファンだった。その時すでに第一人者と言われて敵役にされていた北の湖だが、この決定戦の段階でまだ21歳にすぎないのだから驚いてしまう。この人は幕内に入ってきたあたりで、横綱になるのは規定路線と誰もが信じて疑わなかった。こういう力士もちょっと珍しいのではないか。

 

学校から帰って夕方に相撲中継を見る。そして夜中には「大相撲ダイジェスト」でその日の取組を復習するのが、相撲ファンの日課だった。「大相撲ダイジェスト」はその頃、深夜にやっているちょっとエッチな番組の一コーナーとして放送されていたので、小中学生が見るのは少し抵抗があった。この番組、若貴ブームが去ってからは視聴率が降下したようで、いろいろ内容を変えて工夫しようとしていたが、全部裏目に出てしまったようだ。フォーマットが確立しているものを、あとからグダグダと変えるのは愚策であろう。NHKの相撲中継のよさは、何十年やっても一切変化しないという、恐怖のマンネリズム(?)にあるのだ。

このマンネリのよさは、一時期の日テレのプロレス中継にも感じた。残念なことに、ジャイアント馬場が日テレ・スポーツテーマを使用することをやめて独自テーマ曲を使い出したため、この貴重なマンネリ感覚は崩れ去ってしまったのだが……。

 

当時の力士では、若三杉改め二代目若乃花のことが気になっている。貴ノ花に次ぐ人気力士で、破竹の勢いで横綱になった若乃花だったが、故障と親方との確執のために若くして引退してしまった。次代のエースを失ったことにより、相撲界は千代の富士というスターを急造する方向に舵を切ったのである。回顧番組で最ももてはやされる一番が、昭和56年初場所の北の湖・千代の富士の優勝決定戦だが、僕にとっては黄金時代の終わりを告げる、最も嫌いな一番なのである。

 

 

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時代劇コレクションを整理しているのだが

読書に次ぐ僕の趣味といえば、時代劇と大相撲である。どうもいまどきの若人の趣向とは思えず、高校時代から「50代みたい」などと言われていた。

時代劇はこのごろは数が減ったとはいえ、かつてはいろんな番組を毎週やっていたので、とにかく数が多い。VHSで録画するのは至難の業だったんだが、PCで取り込むようになってからは小さく圧縮してDVD-Rに焼くという技が使えるので、コレクションの数は無限に増えてゆく。気がつくと「暴れん坊将軍」「水戸黄門」あたりの長寿番組もほとんど全部録画してしまっているのだ。

 

といっても、僕が好む時代劇は子供の頃に熱中して見ていた70年代ものである。ビデオ撮りになってからの作品は、嫌いなので基本的に見ないことにしている。これはまた別の議論になるのでここでは省くことにするが、とにかくTV時代劇全盛時代のフィルム撮りの作品を主に見ているということだ。

僕がカルト的に好きなのは、片平なぎさが主演した「雪姫隠密道中記」である。これは、あっさり言ってしまえば水戸黄門のバリエーション企画であって、放送局もスタッフも同じなら、脇役で出てくる役者たちも本家をほぼ踏襲している。片平なぎさとあおい輝彦という若いコンビを主役に据えたところが新鮮であった。主要キャストたちのチームワークがよくて楽しい仕上がりになっており、後半には中村敦夫の顔の長さをネタにしはじめたり、ノリのよさで笑わせてもらった。

しかし土曜10時という微妙な放送時間のせいか、知名度はあまり上がらないままに2クールで終了してしまったのだ。この番組が放送されていた頃、僕は中学校でメチャクチャないじめに遭っていた。土曜日の「雪姫」まで我慢して学校に行こう、とそれだけを思って毎日生きていたような気がする。

 

それから、これもカルト作品というか怪作というべきなんだろうが、萬屋錦之介の「破れ奉行」にも熱狂させられた。時代劇史上においては前作「破れ傘刀舟悪人狩り」の評価が高く、「破れ奉行」の方は一部ファンを除くとほぼ無視されている。だがこの作品、錦ちゃんが自分のプロダクションで作った第一作だけあって、妙なところに凝りまくったこだわりと、何でもかんでもメッタ斬りにしてしまうハチャメチャな殺陣で、最強最笑の快作になってしまったのである。

そのキチガイぶりは実際に見てくれとしか言いようがない。当時小学生だった僕は、第一話を見てあまりの面白さにぶっとんでしまい、学校の発表の時間にクラス全員の前で、この番組のすばらしさを紹介するべく熱弁をふるったのだが、担任の陰謀で完全に無視されてなかったことにされてしまった。まあ確かに、いいやつも悪いやつも全員メッタ斬りにしてしまうキチガイ時代劇であるから、教師に理解されないのはわからんでもないが。

 

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