ひきこもりでも大抵のことはやり遂げられる

僕は読書好きなので、嬉々として読書関係の記事を書くのだが、実際のところそういう記事は若い人には受けないのだな。当サイトでいえば「勉強しないで大学に受かった」という話ばかり読まれているようだ。大学生の大多数が月に一冊も本を読まない、なんて話を聞くことがあって、本当かよ?と思ってしまうのだが、読書好きの若者が少数派であるのは確かなのだろう。

映画やアニメ、漫画、ゲームもいいけれど、これだけでは視覚情報に偏りすぎているし、思考・思索という意味ではまったく踏み込みが浅いと言うしかない。特に当サイトのテーマはひきこもりによる勉強とネットビジネスであるから、活字から情報をインプットすることはやはり基本中の基本なのである。だからといって、「世界の歴史」を全巻一気読みしたり、ドストエフスキーだトルストイだと気絶的な大長編の話ばかり喜んで記事にしても、これは今どきの若い読者ちゃんに受けるわけがないのであった。(でも懲りずに書くんだけど)

 

話は飛ぶんだが、僕は「がんばる」という言葉が嫌いである。がんばるというのは一点に集中して異常な力を出すことであって、そのあとは反動でぐったりと疲れてしまうのだ。一日だけ一生懸命勉強しても、あとが続かなければ何の意味もない。継続して物事をやるためのコツは、実は「がんばらない」ことなのである。何事もダラダラと、毎日惰性でやるのが一番だ。ということを老境(?)にさしかかってようやく知ったわけである。ちょっと遅かったような気がするが……。orz

たとえば、千ページもある分厚い本を読めと言われたらいやになるだろうが、毎日十ページずつ休まずに読めば、百日たてば嫌でも最後のページまで達してしまうのだ。いくら本を読むのが苦手だといっても、十ページくらいは読めるだろう(それも読めないというやつが、こんな文字だらけのブログを見に来るとは思えない)。世の中のあらゆる物事は、これと同じく、何も考えずに進む一歩一歩の積み重ねにすぎないのだ。これは勉強にもネットビジネスにも当てはまることで、一日に惰性でやる作業量は微々たるものであっても、それに365日をかければ膨大なものになる。幸いにして(?)ひきこもりには時間だけはあるから、がんばらずにダラダラ続けさえすれば、たいていのことは必ずやり遂げられるのである。

 

僕がそのことに気がついたのは、おっさんになってからのことだった。若い頃からそういう姿勢ならよかったんだけどね。生来が怠け者なので、つい「今日は面倒だから明日からやろう」と思ってしまう。だが、昨日から見れば今がまさに明日なわけで、そう思った時が始める時だと思って、条件反射的にダラダラと作業をやり始めることにしている。というか、そういうふうに習慣づけているのだ。こういうところは、中年になってかなり人が変わったと思っている。

受験勉強もネットビジネスも、ひとつの教材(参考書)を最初から最後までやり抜くことが基本だ。その意味では、分厚い本を毎日少しずつ読んで、最後まで読み通すというのはトレーニングとしてちょうどいいのではないかと思う。コツはとにかく「がんばらない」こと。適当にいいかげんに、ダラダラと毎日継続することである。

 

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世界名作全集を読み返すのだ

スチーブンソンの「宝島」が好きだ、という話を書こうと思って検索してみたんだが、このごろは宝島という名前の店や施設が無数にあって、おまけにそういう名前の出版社もあるので、本家の名作について調べるのが容易ではない。

先日、免許センターの帰りにブックオフに寄ったら、岩波少年文庫の「宝島」が200円で出ていたので迷わず確保。この訳者は僕が行っていた大学の先生なので、一瞬「うわっ、ヤバい」と意味不明の反応をしてしまうんだが、いいかげんにこういう条件反射からは脱却したいものだ。一応、中学生以上に向けて書かれた平易な訳で読みやすく、しかも抄訳ではなくて完全に全編を訳しているようで、これは好感の持てる一冊である(と先生の訳文に偉そうなことを言ってみる)。

 

その「宝島」の話は改めて書くとして、僕の中では世界名作を再び読み直そうという気持ちが大きくなっている。もともとSF好きではあったものの、ここ数十年におけるSFとミステリー三昧は明らかに現実逃避であって、高校から大学教養課程あたりで親しんでいた文学作品にもう一度たち返らないことには、止まっていた時計が動き出さないような思いが強いのである。

高校時代に寝食を忘れて熱中していたのが、ドストエフスキーとトーマス・マンだった。当時、なけなしの小遣いを必死にためて河出書房のドストエーフスキイ全集(米川正夫訳)を一冊ずつ買っていたが、上京したら古本屋のワゴンに百円で出ているので気絶しそうになったものだ。早川や創元の文庫を自炊して本棚に空きができたので、ドストエーフスキイ全集を久しぶりに並べて順に読んでいこうと思っている。

トーマス・マンは吉行淳之介・北杜夫・辻邦生といった人たちが影響を受けて、著作の中で繰り返し言及しているので、どういう作家なのか読んでみようと思ったのが最初だった。新潮文庫の「トニオ・クレーゲル」(高橋義孝訳)に衝撃を受けて、それから図書館に通って長編を読むようになったが、あまりに大長編なので一週間の貸し出し期限ではとても読みきれないのだった。手元にあるのは文庫版の「ベニスに死す」「魔の山」「ブッデンブローク家の人びと」といったところで、当時手に入るのはこれが精一杯だったのだ。何十年も忘れていたけど、高橋義孝の文章には人生で一番影響を受けているようだ。

 

それから、デュマの「三銃士」は角川文庫版の、竹村猛訳のものが懐かしい。現在では活字が大きくなって全三巻に分かれているようだが、手元にあるのは古い上下巻のやつである。やはり文庫は活字が小さくてぎっしり詰め込んでる方が感じが出るんだよね(もはや老眼で見えないんだが)。こういう古典はちょっと古めかしい文章の方がいいような気がする。

デュマといえば「モンテ・クリスト伯」も読みたくなって、あんまり冗長なのは嫌だと思い、半分ほどに凝縮した岩波少年文庫版(やはり竹村猛訳)をさっきアマゾンで注文した。ところが、親が持っていた岩波文庫版(山内義雄訳)を何気なく開いてみたら、意外にすいすい読めるんだなあ。まあ、アフィリエイトで稼いだアマゾンギフト券と交換したので、別に損はしてないからいいんだけど(セコい)。

 

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コンバース 免許更新 ひきこもり

ひきこもりなのでそんなに外に出ることもなく、かなり長いことダンロップのスニーカーを履いていた。破れたりしないかぎり買い換えることもないので、いかにもダサいけどまあいいや、という感じだったのである。しかしだんだん薄汚れてくるとさすがに情けなく、たまにはお洒落な靴にしようと思って、コンバースのオールスターを買った。おっさんが今さらコンバースでもないんだが、僕は外見が18歳くらいにしか見えないので、何を履こうが何を着ようが違和感というものはないのだ。

久々にコンバースを履いて悦に入ってはみたものの、これは運動靴ではないので、歩きやすさは考慮されてない。はっきり言うと底がぺったんこで、しばらく歩いていると腰や肩、脳天にまで衝撃が響いてくる(年齢のせいもあるんだけど)。これでは10分くらい歩いて酒を買いに行くのもキツく、アマゾンでインソール(中敷き)なるものを買って応急処置を施した。

 

これで普通に歩けるだろうと思って、昨日は免許センターへ免許の更新に行ってきた。免許センターはうちからは中途半端な位置にあって、電車の駅から徒歩20分以上かかる。パニック障害を克服して電車はかなりOKになったが、バスに乗るのは辛いので、歩いていく以外に方法がない。というかペーパードライバーなのが一番の問題であって、免許センターに毎回のこのこと徒歩で来ているやつは僕だけなんだろうけどね。

でも、まあ以前は毎日これくらいの距離は歩いていたので、大丈夫だろうと思っていたら、途中から足が痛くてなかなか進まなくなってしまった。インソールで足の裏への衝撃は軽減されたんだが、そのぶん靴自体がきつくなってしまい、もともとコンバースは先が細くなっているので、足の指がこすれていっぺんにマメができて潰れてしまったらしい。帰ってから靴を脱いだら、両足ともに靴下の先が血まみれになってんの(キャーッ)。

 

さて、免許の更新といえば、最初の頃は戸惑って右往左往していたもんだが、回数を重ねると凄いスピードで無意識のうちに済ませてしまっている感じ。ペーパードライバーだから当然、無事故無違反のゴールド免許であって、講習も三十分で終了である。このゴールド免許講習は本当にいいかげんで、どうでもいいビデオを流して終了なので、ちょっと唖然としてしまう。一応金を払っているんだから、もうちょっと内容のあることをやってほしいものだ。早く終わるのは助かるけど。

これを読んでいるひきこもりの読者ちゃんにひとこと言いたいのは、運転しないまでも免許は取っておけ、ということだ。免許を持ってないときには、身分証明書がなくて本当に苦労した。レンタルビデオ(まだDVDはなかった)も借りられなくて、AVが見られないので生命の危機を感じた(笑)。教習所に通う苦労は相当なもんだけど、免許を取っただけのメリットは確かにあるよ。

 

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ああ、憧れのノウハウコレクターになりたいな

ちょっとネットビジネスに詳しい人には説明無用なんだけど、「ノウハウコレクター」というのは、次々にいろんな教材を買いちらかしてしまう人のことである。まあ、この世界では一番やってはいけない行為であり、初心者レベルでは最も陥りやすい落とし穴ということができるだろう。

当サイトでは今のところ、「パワーアフィリエイト」「アンリミテッドアフィリエイト」という二つの教材しか紹介していない。これは、引きこもり・ニート出身の超初心者に宛てて語ることを原則としているため、やはり基本中の基本であるド定番を推すのがいいだろう、と判断しているからだ。と同時に、僕自身が初心者段階で自分のために購入したのが、この二つだけだったということもあるのだな。

僕は熱烈な歴史好きで、いろんな資料をとっかえひっかえしながらあれこれ考えるのが好きだから、できれば教材をいっぱい購入したかった。進んでノウハウコレクターになりたかったんだが、最初の頃は本当に金がなくて、絶対の王道といわれる二大教材しか買えなかったのである。ある程度ベテランになった現在では、今さら初心者向けの教材を購入しても全く意味がない。というわけで、僕はノウハウコレクターになる機会を永久に失ってしまったというわけだ。

 

もちろん、アフィリエイトを十年近くもやっているので、その間にレビューや紹介用にさまざまな教材を買っている。アダルトをずっとやっていた関係から、セックステクニックの教材とか、ナニを大きくする方法なんかが多かった(笑)。そういうノウハウをコレクションしたいわけではないんだが、趣味と実益を兼ねているという意味では、大いに役立ったというべきだろうか?

真面目な話、アフィリエイトの基本的なテクニックに関しては、無料のブログを読んでいけば全て身につくという意見もある。僕もそれは嘘ではないと思うんだけど、初心者段階では、何が分からないのかが分からない。何を読んでどんなことを調べればいいのかが理解できてないわけで、まずはある一定のレベルまで上がらないことには話が始まらないのだ。だから、最小限の初心者向け教材は自腹を切って読むべきだし、どうせ買うのなら王道のド定番にしぼった方がいい。というわけで、当サイトでは当面、有名二大教材を推しているのである。

 

ノウハウコレクターになりたかったというのは、あくまで僕の特殊な趣味であり、やはり目移りするのはよくないことだ。アフィリエイトは受験勉強とよく似ていて、ひとつの参考書を最初から最後まで愚直にやるのが基本である。学校の勉強でも、成績の悪いやつに限って一貫性なくいろんな本をつまみ食いして、それで勉強した気分になっているのだから始末が悪い。僕もお金がなくてノウハウコレクターになれなかったのは、結果的には幸いだったというべきだろう。

ただひとつ言えるのは、しつこく愚直にやっていると、必ず何らかの成果が上がるということ。ブログアフィリエイトを半年から一年くらいやれば、不思議に読者がついてくるし、まぐれかなんだか知らないが一応何かが売れるのだ。おそらく、その段階までいかずにやめてしまう人が大半ではないかと思う。本当はそこからがアフィリエイトのスタートなんだけどね。

 

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勉強をして何の意味があるのかという話

僕は子供の頃から成績がよかったので、周囲からはガリ勉と言われて、性格の悪い人間の代表として扱われていた。それが拡大して激烈ないじめに発展していったのである。ところが、当の僕自身は大学に入るまで(というか大学をやめるまで)試験勉強というものをまともにやったことがなかったのだ。だから、試験の点数を意識したことは全くないし、人並みな努力というものもしたことがなかった。まあ、怠け者でいいかげんな人間であったことは否定できない。

変な話だが、大学を中退してから勉強の必要性を知り、毎日少しずつ努力するということを知って、本当の「ガリ勉」になったのである。人が変わった、あるいは大人になったということかも知れない。

 

ところで、当サイトではお金儲けと勉強を二大テーマと考えている。お金を稼いで知性を身につければ、たとえニートやひきこもりであっても、社会ででかい面をしていられるだろう、というのが根本的な姿勢なのである。

そこでですなー、いざ勉強の話をしようとすると、周囲の普通の人たち(?)と会話が成立しないことが少なくないのだ。ようするに、知性を身につけようと主張しても、「大学で習った知識に何の意味があるの? 何の役に立つの?」などと言われてしまう。僕が文学部出身の歴史好きだから、なおさらその傾向が強い。法学部や経済学部ならいいが、文学部は社会では全く役に立たない、なんてことを親からも言われる始末なのだ。

こういうことを言う人たちは、学問とか知性とかいったことを理解していないのだ。大学を職業訓練学校かなにかだと勘違いしている。大学で学んだことが何の役に立つか、といえば何の役にも立ちはしない。ただ、教養を身につけることで高いレベルの境地に達することを目指しているのだ、としか言いようがないのである。それが腹の足しにならないからくだらない、と言われればそれまでのことなのだ。

 

しかし、そんなことを言い出せば、人間のやることは全部意味がない、という極論になってしまう。ざっくり言うなら飯を食うこととセックスすること以外は全部無意味だろう。お金にしても実体はただの紙きれであって、それ自体が何かの役に立つわけではない。価値があるという意味を付加することで、ようやく世の中に流通しているにすぎない。

つまり、自分にとって何が大切かという、その価値観を見きわめることに全てはかかっているのだ。教養を身につけること、毎日努力すること、本を読むこと、それが大事だと感じることが出発点なのである。腹の足しにならないからやらない、というのでは犬や猫と変わりがないではないか。……と言いつつ、今日もまた「役に立たん本ばかり読むな」と親から怒られてばかりなんだけどね。

 

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