80年代渋谷・青春の街の思い出 レコード、プロレス、東横線

プロレスのブログではないのだが、油断しているとついプロレスの話になってしまう。もっとも、ひきこもり・趣味・おたくという流れからいけば、何の話になってもいいし、プロレスの話題はふさわしいのかも知れない。

大学が東横線沿線にあったので、よく足を運ぶ繁華街といえば渋谷だった。新宿や池袋など、人それぞれに思い出の深い町はあるだろうが、僕にとっては渋谷なのである。一時期は隣の恵比寿のあたりに住んでいたので、ちょっとぶらぶら歩いていると渋谷の町なかに出てしまう。といっても、僕が知っているのは自律神経失調症で動けなくなる前の渋谷であって、それはバブルまっただなかの頃の話なのだ。

 

渋谷とプロレスは関係ないと思うかも知れないが、実は大いに関係あるのだ。力道山が作ったプロレスの殿堂、リキ・スポーツパレスが道玄坂にあった。これは昭和43年頃に売却されて、プロレスには使われなくなっていたのだが、その建物は90年代まで残っていたと思う。渋谷駅南口のバス乗り場を抜けると東急プラザがあり、その先の繁華街をくねくねと進んだところに、リキパレスの残骸らしき建物が確かにあった。

現在、この場所にはIT企業の入る雑居ビルが建っているようだ。そればかりか、東急プラザも先年閉館になって取り壊されてしまったし、東急の象徴のような娯楽施設だった東急文化会館も今はなく、さらに言えば東急渋谷駅も昔日のものは一切残っていないのである。今の渋谷は僕の知っている渋谷ではない、としか言いようがない。

大学に受かって本格的に上京した初日、東京駅から山手線で渋谷へ向かい、東横線に乗り換えて下宿のある沿線の町まで乗った時の、心細い気持ちが僕の原点のような気がする。

 

渋谷南口の再開発ぶりはすさまじいものがあるようだが、僕の中にあるのはモアイ像、バス乗り場、東急プラザの静かな風景なのである。

東急プラザは一階にコーヒーショップがあって、中央のエスカレーターが最上階まで吹き抜けになっているので、全館にコーヒーの匂いが充満している。東急プラザといえば条件反射的にコーヒーを思い出してしまうのだ。僕がよく行ったのは一番上の階にある紀伊国屋と、その隣のレコード店だった。レコードはたいていここで買っていたものである。

映画「アマデウス」が公開されて以来、ちょっとしたモーツァルト・ブームが起きていて、僕もその頃はクラシックの中ではモーツァルトをよく聞いていた。もちろんアナログ・レコードの時代であり、レコード盤とカセットテープが主な媒体だった。もちろんネットなどない時代で、音楽を聴くにはレコードを買うかラジオを聴くか、そのくらいの方法しかなかった。東急プラザではカラヤン指揮のベルリン・フィルのモーツァルトをよく買った。1940年代くらいの古い録音のものは、比較的安価に売っていたのである。

若い人にはおなじみのタワーレコードは、かつては東急ハンズの斜交いにあった。現在はライブハウスだかスタジオだかになっているかも知れない。東急本店あたりから盛り場を抜けてよく歩いていったものだが、風俗店の客引きが多くて「どうですか、社長」などと言われるのがおかしかった。いくらなんでも、貧乏大学生の俺が社長に見えるわけはないだろう。

 

往時をしのぶものはどんどん消え去っていくが、昔のテレビドラマを見ると突然、その当時の渋谷が出てくることがあって意表をつかれてしまう。松田優作の「探偵物語」第1話には渋谷東映が出てくるし、「特捜最前線」を見ていると、下宿近くの代官山のあたりがよく映っている。瞬間的に数十年前にタイムスリップしてしまうのは、実に変な気持ちがする。

 

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DVD宅配レンタルサービスを利用しない手はないのだ

ひきこもっていてもDVDを借りられるのだから、実にいい時代になったものである。まさに文明開化よのう。

などとしみじみ言っている場合ではなくて、このサービスを知らない人、まだ利用したことのない人には、騙されたと思ってやってみることを強烈にお勧めする。なにしろDVD8枚がタダで借りられて、ストリーミング動画も見放題で、しかも数百円分のポイントがもらえるのだ。

申し込みのコツは、ゲットマネーを利用すること。ゲットマネー内のバナー経由で申し込めば、何百円か(キャンペーン中なら1000円近くになることもある)のポイントが入るので、この点を絶対に忘れてはいけない。おすすめサービスはDMMとTSUTAYAの月額8枚のサービス。この二つは楽天VISAデビットカードが使えるので、クレジットカードのないひきこもりにもやさしい(笑)。持ってない人は、これもゲットマネーのバナーからあらかじめ申し込んでおく。

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僕が最初に利用したレンタルサービスは、DMMだった。ポストに返却というテレビCMでおなじみのやつである。アニメの「侍ジャイアンツ」が見たくて、無料で見る方法はないものかと、いろいろ調べているうちに行き着いた。ベーシック8という、DVDを月に8枚借りられて1680円のコースに申し込んでみる。1ヶ月間は無料で、その間に退会(休会)すればお金は一切かからないというのだが、やはり最初は半信半疑。「本当か?本当にタダなのか?」という感じだったが、実際本当にタダだった。

それに味を占めたので、次にTSUTAYA DISCASに申し込んだ。ドラマの「特捜最前線」を見るのが目的だった(どうも好みが古くていけない)。こっちは8枚で1865円というプランである。DMMは無料期間中は旧作しか借りられないが、TSUTAYAは新作も借りられて、しかも9枚目以降は旧作のみ無制限に借り放題という豪華さである。もっとも、見ては返却を繰り返すのにも限度があるので、物理的に10枚から12枚くらいが精一杯なのだが。

TSUTAYAはさらに太っ腹で、動画ポイントも1000円分ついており、新作動画をストリーミングで見ることができる(旧作はタダで見放題!)。

 

というわけで、DMMとTSUTAYAの両方を利用すると、無料でDVD16枚以上が借りられて、動画も見られて、さらにゲットマネーのポイントももらえるという、信じられない至れり尽くせりの世界が展開する。大事なのは楽天VISAデビットカードを用意することと、ゲットマネー内のバナーから申し込むこと。そして、1ヶ月以内にDVDを全て返却して、期限に間に合うように休会することである。本当に料金は1円もかからないので、ひきこもりの人は(ひきこもりでなくてもいいけど)絶対に利用するべきだ、と再度強調しておきたい。

 

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ベータで録画したプロレスのビデオ その保存と視聴方法に苦労した話

ビデオデッキを初めて買ったのは85年のことだった。ベータ方式のやつである。その頃、すでにVHSの勝利が濃厚になっていたのだが、ベータの方が画質がよさそうなので、使える間は使おうという気持ちで購入した。おかげでのちにさんざん苦労するはめになったのだ(確かに画質はよかったが)。

大学生協で見たら12、3万くらいするのでとても手が出せず、秋葉原へ見に行ったら、型落ちのやつが6万円で買えた。ウルトラマンがCMをやっていた東芝のビュースター、V-A9という機種だった。それ以来、好きな洋画を馬鹿みたいに録画してご満悦という日々が続いた。その当時に録画したものは、現在も相当数残っている。85年頃に洋画劇場で出会った映画が、僕の中で強烈な印象として残っているのはビデオデッキのせいである。

 

さて、87年くらいから自律神経失調症で身動きできなくなったのである。ちょうどそのとき、日本テレビがプロレスの再放送をやりはじめた。最初は名勝負ベストテンというアンケートの企画だったと思うのだが、その結果を紹介する特番が放送されたのが、再放送企画のスタートだった。司会は若林アナ、ゲストに輪島と関根勤。

そのあと、土曜深夜のスポーツ情報番組「朝までのスポーツ」の中で、「格闘技コーナー」というタイトルでベストテン上位の試合を放送しはじめた。さらに92年頃には「プロレス名勝負リクエストショー」という、独立した番組に昇格してしまったのである。その少し前、亡くなったブルーザー・ブロディの追悼特集で、ブロディの名勝負を一挙放送するという企画があって、その辺が一本立ち番組の契機になったのではないだろうか。

この番組は視聴者リクエストに応えるという形式だったので、マスカラスや二代目タイガーマスクなど、ややミーハー系のレスラーに偏るきらいがあった。それでも、懐かしい全日の名勝負を見られるというのは、当時としてはこの上もなく貴重であり、僕は毎回ベータのデッキでせっせと録画したのである。もちろん、そのテープは現在もしっかり保存されている。

 

録画したのはいいが、問題なのはビデオデッキの寿命である。この番組が終了する頃に、ベータのデッキは死亡。ベータ方式自体がすでに事実上死亡しており、大量のテープをどうするのか、という問題が残されたのである。

考えられるのはVHSへのコピーだ。実際に、これはある程度実行した。しかし、どうしても画質が劣化してしまうし、ベータが滅亡したということはいずれVHSも滅び去ってしまうだろうし、根本的な解決とは言いがたい。特に、ベータは画質のよさが売りだっただけに、コピーによる劣化はベータ党として耐えがたいことである。

なにはともあれ、当面の問題は壊れたデッキの代替品を手に入れることだった。安くても十万近くする新品はとても買えないので、中古で手ごろなのを探したいところだが、現在のようにネットオークションで簡単に買える時代ではない。どうしようかなーと思いながら、ぶらぶら荏原中延あたりを歩いていたら、古道具屋の店先にソニーのベータデッキが一万円で出ているのを発見したのであった。まだまだ続く。

 

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日本プロレス全史 豪華本に見る裏の昭和史

このところ「クロニック世界全史」「日本全史」と豪華本を連続で買ってしまい(合わせて1800円だが)、床が抜けそうなのでこれ以上重い本を買うのはやめようと決意した。ところがその矢先、これまた欲しかった豪華本「日本プロレス全史」がネット書店に出ていたので、ついつい衝動買い。定価一万円というなかなかのお値段だったのだが、一昨日見たところ、なんと200円!いくら何でも安すぎないか?と思いながらクリックしたのであった。

もっとも、これは1995年に出版された古いやつである。2014年に同じベースボール・マガジン社から改訂新版が発行されたため、旧版は歴史的役目を終えたということだろう。僕はここ20年のプロレスをほとんど見てないので、無理に新版を買っても意味ないわけで、古いのが200円で手に入れば大満足だ。

prowrestling

 

この「日本プロレス全史」は、この種の豪華本の定石どおりというか、年表ふうの記述になっており、どちらかといえば写真の方がメインである。懐かしい写真の数々は、元プロレス少年にはこたえられない楽しさで、これはもうひとつの昭和現代史という感じだ。逆に言うと、読ませるタイプの本ではない。いや、年表部分を読んでいても十二分に楽しいのだが、これがプロレス・マスコミ的な記述の羅列に終わっているところが物足りない。

豪華写真と年表的な記載で思い出すのが、同時期に出た「週刊ゴング増刊号・日本プロレス40年史」というムック本である。これまた僕が大事にしている一冊なのだが、冒頭のプロレス記者や山本小鉄の座談会の面白さはあるものの、本文はやはり「誰と誰が試合をした」的な情報を並べただけである。

gong

 

僕は歴史好きということもあり、プロレスの歴史をしっかり読みたいと思っているのだが、その好奇心を満足させてくれる本がなかなかないのが現状なのだ。今回買った豪華本のように、マスコミ的な見出しを並べただけの記述だったり、逆に「プロレス界の内幕を暴く」といったコンセプトのドギツいドロドロ話だったりで、どうも両極端でいけない。科学的・客観的に記されたプロレス史というものはないのだろうか、と思ってしまう。

先年話題を呼んだ「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」は、骨太のドキュメンタリーとして読みごたえがあった。これは柔道とプロレスの裏面史としての面白さであり、なおさら表の方(プロレスが表なのかどうかは分からないけど)を詳しく知りたいという思いが強くなる。

最近次々に出版されている昭和プロレスの本よりも、僕はむしろ90年代前半くらいに出ていた別冊宝島のプロレス・シリーズが好きである。ややキワモノという感じで、いま読むと古さは否定できないんだが、プロレスファンが真摯にプロレスについて考えている同時代ドキュメントとして好感が持てるのだ。

 

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いじめで自殺を考える諸君、悩んでいるのはあなただけではない

いじめが原因で自殺するというニュースが大々的に取り上げられるようになったのは、80年代後半あたりからではないかと思う。その頃、僕はもういい大人になっていて、俺の頃にもこんなふうに「いじめ」が問題になっていればなあ、と思ったものだ。

中学校の時、よく教師から「いじめられる側に問題がある」と言われた。いじめられる側にも、ではなくて完全にこっちが悪いという論調であった。当時、僕は学校では悪の象徴であり絶対悪であって、僕に対して罵詈雑言を浴びせたり、いやがらせをしたりするのは、全て正義の行為とされていた。それは授業中であっても黙認される。教師にしても、それをとがめたら僕の味方ということにされてしまうので、怖くて何も言えないのだ。

 

僕は「低脳」のうえに「ブサイク」であると言われていた。実際には成績抜群だし、顔も美しかったのだが、それを認めることは絶対に厳禁なのだった。いじめの中枢グループ(数人のキチガイ)にしてみれば、認めてしまっては自分たちが立つ瀬を失ってしまう。それで、いわば恐怖政治を敷いて全校生徒に逆の認識を強要していたのだ。

もちろん学校には行きたくないのだが、不登校などは親が許してくれないので、しかたなく登校していた。しかし登校しても居場所がない。机や椅子もどこかに隠されているので、まともに授業も受けていられないのだ。保健室登校というのが、ちょうどハシりの時代だったと思うのだが、僕の姿を見ると保健の先生が鍵をかけてしまうので、入室もさせてもらえない。僕がベッドに寝たらバイキンがつくので、シーツを取り替えなくてはならないのである。

普通の人間ならばここまでされたら自殺するものだ、だがおまえは平気で生きているし、自殺しろというホームルームの決議も守らない。それはおまえの性格が悪いからだ。……というのが連中の理屈だった。教師からは「胸に手を当ててよく反省しろ。みんなに土下座してこれまでのことを謝れ」とよく説教された。もはや何だかわけが分からない。

 

最近でも原発にからんで菌扱いされるという話があったが、僕はもともと汚染物質のような存在であった。僕の触れたものはもはや使用不能だし、少しでも身体が触れたらもう大変である。それをお互いになすり合い、休み時間も授業中も関係なく鬼ごっこが展開される。

一番大変なのが夏休みや冬休み明けの登校初日で、このときには席替えが行われるのだった。バイキンである僕の近くになりたくないので、その日一日、全ての時間がジャンケン大会に費やされ、負けた者は怒鳴ったりわめいたり、女子の中には本当に泣き出す者までいた。そして、僕を他のクラスにトレードに出してほしいという署名活動が開始され、それが他クラスの反発を呼び、なぜか僕は職員室に呼び出されて「人間のクズ」などと罵られたのだった。

 

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