いじめに対する積極的な対抗戦略

ひきこもり・ニートの人に向けたブログである以上、読者のお友達の中にはいじめを経験した人が少なくないことと思う。と言っている僕自身、成績抜群で顔が美しいという生まれつきが災いして、小さい頃からずっといじめに遭っていた。中学校でそれが極限に達して、地元の不文律を破って高校を越境入学するに至った話は、過去記事に書いたところである。

いじめに対するひとつの対処法として、先生とか大人に相談するという手があるよね。というか世間的にはそれしかないことになっているわけだが、これが一番あてにならないのだから困ってしまうのだ。教師は事なかれ主義の権化であって、その場における自分の保身以外のことは何も考えてない。僕は中学の時、担任教師から「みんなに土下座して仲間に入れてもらいなさい」とアドバイスされ、それ以来、学校とか教師とかいったものを一切相手にしないことを決意したのである。

 

僕の考えでは、誰かに窮状を訴えて守ってもらおうというのは、消極的な姿勢だと思うのだ。映画「七人の侍」でいえば百姓の立場であって、自力で何もできないというのでは面白くない。そこで、発想を変えて積極的に対処しようというのが、いわば当サイトのテーマであり、それはひきこもりやニートの場合にも当てはまるのである。いじめられたり、ひきこもりであったりするのは、別に悪いことではない。そこで落ち込むのではなくて、自分の内面を変えることによって周囲の馬鹿どもよりも優位に立つことを考えるべき、と言いたいのだ。

そして、いじめに対抗する手として、「成績抜群になればよい」という方法を推奨している。まあ、抜群になるのは難しいけれど、英語や数学で普通に80点くらい取る生徒を、そう簡単に馬鹿にすることはできないはずである。クラスで浮いたり仲間はずれにされるにしても、成績がいいとなれば一目置かれることになるので、扱いはかなり変わってくるだろう。当サイトでやっている勉強ネタの大きな意図はそこにあるのだ。

 

学校でのいじめといえば中学生・高校生の話なんだが、それは大人にも無縁の話ではない。もちろん職場にもいじめはあるし、ひきこもりやニートの人ならば周囲から心ないことを言われ、不当な扱いを受けることも多いだろう。

そこからの脱却となると、どうしても心を入れ替えて周囲に受け入れてもらおう、というへりくだった態度になりがちで、僕はそういうのが嫌いなのである。あくまで積極的に自己変革を行うべきで、そのためには知性と財力を身につけて成り上がる(笑)ことが必要だ。つまり、当サイトでは勉強ネタとアフィリエイトネタは完全に連動しているわけである。

さらに、僕は中学時代の同級生どもにばったり出会ったら絞め○してやろうと、ジムへ通ったり柔道やったりして、筋骨隆々になって待ち受けているんだが、向こうもそれを察知しているのか全然出会わないんだなあ。まあ絞め○すのはよくないけど、軽く腕くらい折ってもいいと思うんだが(よくないです)。

 

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いじめに対処する方法を教えよう

夏休みは学校に行かなくていいのだが、当然ながら夏休みが終わるとまた登校しなくてはいけない。僕はバイキン扱いされていたので、夏休み明けにグループ分けとか席替えがあると、バイキンの引き取り手がなくてひと悶着起きてしまう。というか、二学期初日は、僕の近くの席に座らないためのジャンケン大会で一日終わってしまうのだった。

親からはいつも「上の学校に上がればいじめはなくなるから、今は我慢して登校しろ」と言われていた。しかし、いじめはなくなるどころかエスカレートして、なんと大学に入ってもまだいじめに遭っていたのである。結局、どこにでも声が大きいだけのボスみたいなのがいて、その取り巻きが数人おり、その他大勢は言いなりになって流されるということらしい。

 

もっとも、大学生になる頃には、僕はかなり屈強で気が強くなっていた。相当に頭がおかしくなっていたと言ってもよく、馬鹿なやつらとやり合うために登校しているようなものだった(それが馬鹿らしくなったのが、大学をやめた一因であったようだ)。

毎日、ノートを隠されたり、鍵をかけられて教室に入れなかったり、小学生なみの嫌がらせを受けつづけていたのだが、これに対処するコツは、その場で倍返しすることだと悟った。講義中に立ち上がって、馬鹿の教科書をビリビリに破いたり、背中にペットボトルを逆さまに突っ込んだりして、律儀に反撃していたら確かにいじめはなくなったのである。そのかわり、誰も僕に話しかける者はなく、教室では一人だけ離れた席に遠巻きにされて座ることになったのだが。

 

とはいっても、中学校くらいの年齢で、その場で倍返しというのは難しいだろうと思うのだ。相手は馬鹿な上に声が大きく、いじめに遭う側はおとなしい場合が多いからね。といって、誰が助けてくれるわけでもないので、自分で身を守る方法を考えなくてはいけない。

まずひとつの手としては、成績抜群になること。これは僕自身、成績抜群だったから経験上よくわかる。これでいじめがなくなるわけではないが、少なくとも成績に関しては誰もが尊敬するようになるので、暴力を受けることはなくなるだろう。そのかわり、嫉妬から悪口を言われることは多くなってしまうが、まあ図式としては完全に「負け犬の遠吠え」である。

 

暴力を受けているというお友達は、身体を鍛えるというのが有効な手である。十代ならばちょっと筋トレをやれば筋骨隆々になるので、そういう屈強な者を相手に手出しするやつは、まず皆無と言っていい。近くに公共のスポーツ施設とか町道場があれば、柔道をやるのもいい方法である。初段くらいになれば、相手のガキの動きなどはスローモーションに見えるので、腹が立ったらちょっと腕をねじり上げて、軽く痛めつけてやれば、あとは静かになるだろう。

いじめに関しては、誰か他人に頼るという気持ちは一切捨てることだ。絶対に誰も助けてはくれないし、教師は自分の保身以外のことは何も考えていない。違法なことや理屈に合わないことが平気で通用するのが、学校という場所なのである。そこで身を守るためには、馬鹿なやつらを上回るエネルギーを持って戦う以外にないのだ。

 

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いじめに遭っていた中学時代に読んだ本

中学校ではいじめに遭っていて、どこにも居場所がないのが困りものであった。

登校しても机や椅子はどこかに隠されている。まあたいていは校舎裏の溝に投げ込まれていて、それを見つけて洗っているうちに二時間目くらいになってしまう。保健室へ行こうにも、僕の姿を見ると教師が鍵をかけてしまうので入れない。それで図書室にいるようになったのだが、そのうちに本がバイキンで汚染されるというので全校的に問題になり、僕に限って入室禁止ということになった。ようするに、どこにいてもいけないのだ。

結局、現実世界に僕の居場所はないのだということを理解した。それで読書の世界にのみ生きることになったのだが、おかげで読解力の針が振り切れて国語のテストでは百点を取るようになり、高校生になると全国模試で上位に入るくらいになったのだから、何が幸いするか分からないものだ。(さらに、そのためにくだらん大学に入ることになって苦労したのも事実だが)

 

小学生の頃から(実は幼稚園から)SFファンで、国内ジュヴナイルに熱を上げていた。好きだったのは眉村卓光瀬龍である。この二人は数あるSF作家の中でも、少年少女の描写がうまいことでは双璧である。

眉村卓の「ねらわれた学園」「なぞの転校生」は名作として知られているが、僕が好きだったのは黄色い背表紙の秋元文庫から出た「天才はつくられる」と「地獄の才能」だった。光瀬龍のジュヴナイルも名作ぞろいで枚挙に暇がない。「夕ばえ作戦」の爽快さにはいつも心を慰められていた。当サイトでしばしば言及している大岡山の学生下宿云々は、まさにこの作品の舞台となった町である。今なお一番好きなのは「明日への追跡」で、美少女たちの鮮やかさに光瀬龍のうまさが出ている。

こうした国内ジュヴナイルは全て中学校が舞台になっていて、僕はいじめに遭っているうちに、読むのがいやになってしまった。そのうちに中学校という字を見るだけで吐き気がするようになり、完全に翻訳SFにシフトしてしまったのである。おかげで原書から英語にのめりこむようになったわけだが(こればっかりだな)。

 

本格的に小説を読みはじめたのは、司馬遼太郎の「坂の上の雲」あたりがきっかけだったと思う。「国盗り物語」「新史太閤記」も面白かった。吉川英治の「宮本武蔵」や「新書太閤記」も小6か中1で読んでいる。

だが歴史ものではむしろ、井上靖の「天平の甍」「敦煌」「風林火山」の印象が非常に強いのだ。確か中学校の体育館で「天平の甍」と「風林火山」の映画を上映して、暗いのをいいことに全校生徒から嫌がらせの限りを尽くされたので記憶に残っている。だから唾棄すべき映画だと思っていたのだが、最近になってBS放送で見直すと名作だったのでびっくりしてしまった。

井上靖の作品では自伝的作品「しろばんば」と「夏草冬濤」が読書感想文の定番となっているようで、クラスの馬鹿連中もよく感想文を書いていた。ところが、僕が本キチガイなのは誰でも知っているので、うちの中学では僕の逆、つまり本を読まないことが正義なのだった。読書感想文の宿題では、原稿用紙五枚のうち四枚を費やして、自分がいかに本を読まない正義の人間であるかを自慢しあうのがテンプレになっており、馬鹿さかげんもここに極まれりという感じがした。

そんなことはともかく、僕は「しろばんば」「夏草冬濤」よりも、そのさらに続編の「北の海」が好きだった。勉強しないで柔道ばかりやっている旧制中学生(浪人生)の話で、のんきで豪放磊落な雰囲気が、自分の学校生活とあまりにかけ離れているので強く印象に残ったのだった。

 

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いじめで自殺していたらきりがないのである

いじめが原因で自殺するというニュースが大々的に取り上げられるようになったのは、80年代後半あたりからではないかと思う。その頃、僕はもういい大人になっていて、俺の頃にもこんなふうに「いじめ」が問題になっていればなあ、と思ったものだ。

中学校の時、よく教師から「いじめられる側に問題がある」と言われた。いじめられる側にも、ではなくて完全にこっちが悪いという論調であった。当時、僕は学校では悪の象徴であり絶対悪であって、僕に対して罵詈雑言を浴びせたり、いやがらせをしたりするのは、全て正義の行為とされていた。それは授業中であっても黙認される。教師にしても、それをとがめたら僕の味方ということにされてしまうので、怖くて何も言えないのだ。

 

僕は「低脳」のうえに「ブサイク」であると言われていた。実際には成績抜群だし、顔も美しかったのだが、それを認めることは絶対に厳禁なのだった。いじめの中枢グループ(数人のキチガイ)にしてみれば、認めてしまっては自分たちが立つ瀬を失ってしまう。それで、いわば恐怖政治を敷いて全校生徒に逆の認識を強要していたのだ。

もちろん学校には行きたくないのだが、不登校などは親が許してくれないので、しかたなく登校していた。しかし登校しても居場所がない。机や椅子もどこかに隠されているので、まともに授業も受けていられないのだ。保健室登校というのが、ちょうどハシりの時代だったと思うのだが、僕の姿を見ると保健の先生が鍵をかけてしまうので、入室もさせてもらえない。僕がベッドに寝たらバイキンがつくので、シーツを取り替えなくてはならないのである。

普通の人間ならばここまでされたら自殺するものだ、だがおまえは平気で生きているし、自殺しろというホームルームの決議も守らない。それはおまえの性格が悪いからだ。……というのが連中の理屈だった。教師からは「胸に手を当ててよく反省しろ。みんなに土下座してこれまでのことを謝れ」とよく説教された。もはや何だかわけが分からない。

 

最近でも原発にからんで菌扱いされるという話があったが、僕はもともと汚染物質のような存在であった。僕の触れたものはもはや使用不能だし、少しでも身体が触れたらもう大変である。それをお互いになすり合い、休み時間も授業中も関係なく鬼ごっこが展開される。

一番大変なのが夏休みや冬休み明けの登校初日で、このときには席替えが行われるのだった。バイキンである僕の近くになりたくないので、その日一日、全ての時間がジャンケン大会に費やされ、負けた者は怒鳴ったりわめいたり、女子の中には本当に泣き出す者までいた。そして、僕を他のクラスにトレードに出してほしいという署名活動が開始され、それが他クラスの反発を呼び、なぜか僕は職員室に呼び出されて「人間のクズ」などと罵られたのだった。

 

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中学時代のいじめを思い出して復讐に燃えるのだ

このごろのニュースで、いじめを認定するとかしないとか、大人がごちゃごちゃ言葉をひねくり回しているようだ。プロレスのチャンピオンじゃないんだから、認定もヘチマもないと思うのだが……要するにやつらの言っているのは常に自己保身であって、どうすれば自分の方に火の粉が飛んでこないか、そこに尽きるのである。

僕は小さい頃からいじめに遭っていた。やり返せばいいと簡単に言う者がいるが、こっちは育ちがいいもんで、もともと他人を傷つけるような教育は受けなかった。だからやり返し方が分からない。親からは「上の学校に行けばいじめはなくなる。だから我慢して通え」と言われつづけた。それでなんとか中学校に上がった。

 

あるとき授業中に、ひとりのキチガイが「くさい」とか「死ね」などと、僕の悪口を大声でわめき出した。教師はとがめずに黙認したので、他の生徒たちもそれに追随するようになり、僕は悪の象徴ということに決まった。教師も生徒も、ちょっとでも僕の味方をすれば事実上、社会的(?)生命を絶たれてしまう。だから全員でこちらの悪口をわめき、いやがらせをすることに必死だったのである。

自殺を示唆されるのは当たり前で、ホームルームでは僕に対して「何日までに自殺しろ」という決議がなされていた。その日に生きて登校したら、多数決で決めたことを守らないというので一日中、罵詈雑言の嵐が浴びせられた。教師からは「おまえはみんなの決めたことを守らない。そういう性格だから嫌われるのだ。胸に手を当ててよく考えてみろ」と説教された。

この中学校で行われた成人式に、僕は出席していない(出られるわけがないだろう)。したがって、いまやおっさんの僕だが、実は成人していないのである。中学校を出ると、この糞いまいましい町から離れることだけが望みとなった。大人になるにつれて怒りで性格が凶暴になり、身体も屈強になってきたので、同級生の馬鹿どもと偶然出くわしたら、今度は締め○してやろうかと手ぐすね引いていたのだが、幸いにしてそういう機会はなかった。思えばずいぶん長いこと、復讐心に燃えていたような気がする。

 

もっとも、暴力的な復讐というのは、やはりよくないことだ。社会的に成功をおさめて、勝ち組となって馬鹿どもを高みから見おろすことこそ、真の意味での復讐であろう(それもいかがなものか、という気がしないでもないが)。

余談だが、僕の場合は顔が美しくて弱そうに見えるのがよくないのだろう。大学に入って最初に教室に入ると、もう後ろの方で「あいつは弱そうだからパシリにしようぜ」という会話が聞こえてきたのである。そして、「おい、ジュース買ってこいよ」と言いに来る馬鹿がいた。その頃の僕は頭がおかしくなっていて、性格は凶暴そのものだった。大学にはほとんど喧嘩をしに通っている感じで、「俺なにやってんだろ」という思いが日ごとに募っていったのである。

 

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