ひきこもり・ニートにも放送大学があるぞ

このごろ、ちょっと意表をつかれることが多い。というのも、僕に学歴がないことを取り上げて、まるで知恵遅れのように扱う人間がたくさんいるからである。確かに大学中退なので学歴はないんだが、受験の時には偏差値70以上あったし、いわゆる有名私大に行っていたので、自分では勉強のできる子だったという意識がしみついている。自分の認識と世間とのギャップに、今さらながらびっくりしているというわけである。

当サイトのメインテーマのひとつが、ひきこもり・ニートに対する大学受験の勧めである。ひきこもりやニートだと周囲から馬鹿にされることが多いし、肩身の狭い思いをして生きることになりがちだ。その悪循環を断ち切るひとつの手段として、ネットビジネスによってお金を稼ぎ、そのお金で大学へ行こう!と主張しているのだ。人間、財力と知力を持った他人をおいそれと粗末に扱うことはできないものだからだ。

 

てなわけで、このサイト上で受験の裏技をいろいろ書いている僕であるが、自分自身が馬鹿にされることはあまり想定してなかったのである。灯台もと暗しってやつだな。こうなったら僕も大学に戻って残りの単位をとるべきなのかも知れないし、このまま受験してもたいていの私大は受かるのではないかと思う(いきなり偏差値70とはいかないけど)。しかし、この齢になって新入生として18、19の子たちに混じるのはキツいものがあるのだ。しかも大学というのはお金がかかるしね。

そこで、ひとつの選択肢として考えられるのが「放送大学」である。ちょっとその気になって詳しく調べてみたんだが、放送大学は教育レベルや教授陣もかなり充実しているし、放送授業のほかに各県にある支部(たいてい地方国立大学内にある)で授業や試験を受けられて、なかなか便利である。特筆すべきは、学費が安いこと。70万円くらいで卒業できるというから、普通の大学の一年分以下ってことで、これは破格と言っていいだろう。

と言いつつ、ひきこもり・ニートにとって70万はちょっとしたひと財産であることも確か。まあ、金がたまったら僕自身が自分で入学してみて、みずから人身御供になって放送大学の突撃レポートをお伝えするつもりだ。

 

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ひきこもりの世界史勉強法にはセオリーがあるのだ

ひきこもりやニートを経て、レベルの高い大学に入るのは、ちょっと考えると至難の技のように思われる。しかし目標をきっちりと定めて、効率的に偏差値上げをしていけば、実はそれほど難しいことではないのだ。もちろん全科目をまんべんなくやるのは物理的に不可能であるし、促成栽培というかインスタントの気味があるのは仕方のないところだが、当サイトではひきこもり・ニート向けの裏技的な勉強法をご紹介していきたいのである。

その一番分かりやすいモデルとして、私立文系で偏差値60以上というところを、主に取り上げている。これはたいてい国語・英語・社会(地歴)の三科目であるし、出題傾向に合わせて一点集中的に攻めれば、中堅以上の大学であっても攻略が容易である、と見ているからだ。

しかし、ただ漫然と教科書や参考書を読んだり、ノートに書き写しただけでは勉強したことにはならないわけである。「できない子」から「できる子」に脱皮するにはそれなりのテクニックが必要なわけで、その辺の裏技は塾や予備校でも教えてくれないのだな。

 

まずは、例として世界史の勉強法について説明しよう。これは日本史でもやり方は同じである。ちょっとレベルの高い大学ならば、社会(地歴)は日本史か世界史の選択になるだろうから、そこは適宜読み換えていただきたい。

世界史の勉強法は、はっきり言ってセオリーが確立されている。進学校の生徒には説明無用なのだが、「できない子」の間では全く知られていないというこの方法は、俗に漆塗り法とか壁塗り法とか言われているものだ。ようするに、何度も壁を塗るように繰り返すことで、知識の厚みを増やしていくということだろう。使うのはいわゆる実況本である。人気があるのは「青木の世界史B実況中継」だが、教科書と同じ山川から出ている「ナビゲーター世界史B」の方が、用語の統一という意味でいいかも知れない。

この実況中継本を、毎日10ページから20ページくらい読むことを習慣にするのである。バスや電車で通学する者は、その行き帰りに読むようにするといい。三ヶ月くらいで一周できるので、一年だと四周、二年だと八周が可能ということになる。

これで頭の中に自分なりの大ざっぱな歴史年表ができあがるので、次に問題集を使ってディテールを仕上げていく。僕の受験する頃は「世界史用語問題集」というのがあったが、今は「一問一答」とかいうタイトルのものが人気のようだ。実況中継本を三周くらいやって、かなり知識がついてきた段階からはじめればいいだろう。これも習慣的に毎日やるようにして、五周から十周くらい繰り返す。十周もやればいやでも覚えてしまうので、特に暗記という意識を持つ必要はない。

 

実況中継本と一問一答問題集を仕上げれば、偏差値60くらいの学力は普通につくし、周囲からも「世界史が得意な子」と認識されるようになるだろう。欠点はやや時間がかかることで、どうしても二年がかり程度の根気の勝負になってしまう。とはいえ、高校の授業だとたいてい二年と三年の二年間で習う内容だし、おそらく第二次大戦までいったあたりで時間切れだろうから、自力で二年で仕上げることができれば上出来なのかも知れない。

レベルの高い大学を目指す場合、授業のスピードに合わせていたらとても間に合わない。授業を無視して勝手にどんどんやるのが、コツといえばコツなのだろう。

 

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受験勉強せずに大学に受かった話の補足である

以前、全く受験勉強することなく有名私大に受かったという話を書いたら、意外に反響が大きかったのである。検索で「勉強しない 受かった」とかいったワードで読みにくる人が結構いるのだが、誤解されてはいけないと思うので少し補足しておくことにしよう。

僕は確かに、記号をひたすら暗記するような形でのいわゆる受験勉強はやったことがない。これは、中学で成績抜群だったにもかかわらず、いじめのせいで越境入学することになり、偏差値では二流の高校に入ったという環境による。周囲とのギャップがひどくて普通に勉強するのが馬鹿らしくなって、自分で勝手にやりたいようにやることにしたのである。

したがって、結果的には猛勉強して偏差値70以上まで持っていったことに違いはないのだ。あとは志望校の出題傾向に合わせて、集中的に学力を高めることがとても大事。私立文系だと国語・英語・社会の三科目なので目標をしぼりやすいんだが、地方の進学校は地元国立大学を受けさせようとするから、一点集中みたいな勉強をするのが難しいんだよね。

 

さて、僕自身のことを言うと、小さい頃から本キチガイというあだ名だったうえ、中学時代には寝る間も惜しんで読書をしていた。いじめに遭っていたせいで、本の世界の他にはどこにも居場所がなかったということなんだが。だから高校生になった頃には、他の高校生に比べると何十倍・何百倍の読書量があったわけで、おかげで読解力が跳ね上がって国語は全国模試でも上位に入るくらいだった。読解力が高ければ、他の科目の理解力も高まるのが理の当然。

社会は日本史で受験したのだが、中学時代に司馬遼太郎のほぼ全作品を一気読みしたせいで歴史おたくになっていて、高校レベルの試験では知っていることしか出題されない。さらに、SFマニアが高じて原書のペーパーバックを読むのが趣味だったため、英語のリーダーは幼稚すぎて退屈だった。こういう状態なので、国語・英語・社会の三科目ならば何もしなくても受かってしまう、というのは当然であろう。

 

ようするに、僕の偏差値が70以上というのは、環境その他さまざまな要因が生み出した偶然の産物なのかも知れない。これを真似しろというのは無理なんだが、本当に学力をつけたいという人には、読書の習慣をつけることを勧めたい。

受験のために一冊や二冊読むとか、天声人語を読むとか、そんなのではなくて好きなジャンルのものを毎日楽しんで読むことを習慣にすればいいのである。アニメ好きならアニメ関連の本を、プロレスファンならプロレス本を読めばよい。それだけで十分に読解力や理解力は上がる。無理なく偏差値を上げるために下準備ができるというものだ。

特に文系科目について言えば、意味のない記号を暗記するような勉強法はつまらないし、効率が悪すぎる。文学や歴史を楽しんで堪能しつつ学力が上がれば、これほど愉快なことはないと思うのだが……。僕は歴史の本を読んでやたら面白がっていたら、「面白がってないで勉強しろ」とよく親に怒られたものである。昔の人から見れば面白がるのは悪いことで、「贅沢は敵だ」みたいな感覚だったのかも知れない。

 

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青春の読書 失われた豪華本を求めて

読書話の続き。

中公の「日本の歴史」「世界の歴史(旧版)」は、全集本・文庫・バックスの三種類が混ざり合っている。とにかく一番安いやつを買って揃えたからこうなったんだが、高校時代に欲しかった文庫版が、今となっては字が小さくて一番読みにくいのは皮肉なことである。

全集本は文庫よりは字が大きくて読みやすい。しかしかさばるのが難点で、こういう豪華本は倉庫の中にやたらにあって、場所をとるので悩みの種となっている。でも古本屋で百円均一で買えたりするから、欲しい作品を手っ取り早く手に入れるには重宝するんだよね。大学時代、神保町をぶらつくたびに「世界の名著」を百円コーナーでずいぶん買ったものだ。

 

それから、これまた高校時代に高嶺の花だった河出書房新社の米川正夫訳・ドストエーフスキイ全集。当時小遣いをためて一冊ずつ買ったんだが、あまりに高いので馬鹿らしくなって、「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」なんかの有名作は、別の全集本に収録されたのを百円で買ったような気がする。米川訳なのでとりあえず内容は一緒のはずなんだが、ひょっとしたら違うバージョンの訳かも知れない。

その種の話では、僕の学生時代(80年代)にはほとんど手に入れることができなかったのが、プルーストの「失われた時を求めて」である。かろうじて、「スワン家のほうへ」と「花咲く乙女たち」が筑摩書房の文学全集に収められており、これを確か神保町の小宮山書店で、それぞれ二千円か三千円くらいで買ったと思う。今は文庫版が出ているようだが、やっぱり高いようだ。どうしてプルーストは、今も昔もあんなに高いのか?

小宮山書店には、一時期(昭和60年頃)、最も上のフロアに文庫専門コーナーができて、絶版になった文庫をやたらと並べているので、狂喜乱舞して通いつめたものである。その頃欲しかった角川文庫の「安吾捕物帖」を手に入れたときは嬉しかった。しかし僕以外に客はほとんど来なかったようで、すぐにフロア自体が閉鎖されてしまったのは残念であった。

 

あと、豪華本で思い出すのは、高校時代に買ったフィリップ・ロスの「素晴らしいアメリカ野球」、これは集英社版・世界の文学34巻で、「さようならコロンバス」(これは有名作で、映画化もされている)とカップリングの一冊である。

「素晴らしいアメリカ野球」のことは、その数年前、まだ小学生だった時分に少年ジャンプに出ていた広告で知った。本格野球小説(まあ確かに嘘ではない)らしいので読みたかったのだが、そんな高価な本を小学生が買えるわけはない。40年前、ジャンプが130円の頃に1300円という値段だった。高校生にとっても、ちょっと勇気のいる買い物だろう。この本は今でも大事にしていて、書棚の一番いい場所に立ててある。

フィリップ・ロスは、村上春樹と同様、毎年のようにノーベル賞候補に名前が出るほどの大御所になった。「さようならコロンバス」は時々話題にのぼるが、「素晴らしいアメリカ野球」の方は不遇もいいところで、現在は日本語訳は古本でしか手に入らないはずである。いわば忘れられた傑作といったところで、これを超える野球小説は後にも先にもないような気がするのだ。

 

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受験勉強してないのに大学に受かったのだ

僕は偏差値でいえば二流の高校に行っていた。その理由は過去記事にも書いたが、要するに中学でいじめに遭っていたために越境入学するしかなかったからである。

高校では他の生徒や教師とはレベルが全く合わず、志望校である有名私立大を受けるのに苦労した。地方の公立高校では、ちょっと成績がいいと地元国立大に進むことが決まりのようになっているからだ。また、受験に関する情報にも乏しくて、私立は馬鹿が行くものと決めてかかっている。実際、地元国立だと偏差値は58くらいだが、僕の志望校は70以上の勝負であって、全然世界が違うのだが。

 

周囲に合わせていては泥沼にはまるばかりなので、学校の補習も模試も完全無視して、自分で勝手に駿台や代ゼミの模試を受けに行くしかなかった。

といっても、セオリーどおりに受験勉強していたわけでは全くなくて、結果的に自己流の無茶苦茶な偏差値上げをやっていたのである。だが、これが逆によかった。田舎で普通に勉強していたのでは、都市部のライバルにはとても太刀打ちできない。それに、当時の僕にはセオリーもなかった(笑)

 

さて、僕が受験したのはとある私立大の文学部である。

受験科目は国語・英語・社会(日本史か世界史)の三科目。そのうち、国語は得意中の得意で、下手すれば模試で全国上位に入るくらいだったから、特に勉強する必要はなかった。社会は日本史を選択したのだが、前記事に書いたように中学時代にいじめの影響で読書に逃避して、司馬遼太郎のほぼ全作品を一気読みしたために日本史おたくになっており、高校レベルの試験では知っていることしか出題されないので、これまた勉強する必要はなかった。

問題は英語である。これは得意でもあり苦手でもあるという感じ。学校の定期試験くらいでは90点以上普通に取れるのだが、単語や構文の暗記とか、文法とかいった、受験生のセオリーと言うべき勉強は全くやっていない。ただし、キチガイ読書の流れでSF原書を読むようになっていて、長文読解力だけは異常にすぐれている。

普通に受験すると英語がネックになってしまうのだが、僕の受けた学部はちょっと変わっていて、5ページほどの長文を読んで問いに答えるという形式、いわゆる「超長文問題」が特徴となっていた。つまりは細かい単語も文法も無関係であって、読解力だけの勝負ってことであり、こうなれば僕の独壇場である。

 

というわけで、気がつくと全く受験勉強せずに有名私大に余裕で合格するという、訳の分からないレベルに到達していたのである。しかも僕が受ける前年に科目が変更になり、国語が廃止されて小論文になった。小論文は国語以上に得意中の得意である(笑)。

実際受けに行ってみると、小論文の課題は谷川俊太郎の詩論「世界へ!」の一文であった。受験生のほとんどは詩など読んだことないだろうし、谷川俊太郎になじみもないだろうから、これはのちに語り草になるくらいの難問ということになった。ところが、この「世界へ!」は僕の高校時代のバイブル的な本のひとつだったのである。あんな楽しい小論文は後にも先にもなかったな。

 

 

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